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このサイトに登録されている出身高校別有名人の「自衛官」という職業の有名人の数:113人
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北海道札幌西高等学校の出身者
1 | 鈴木昭雄 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
鈴木 昭雄(すずき あきお、1933年(昭和8年)8月 - )は、日本の航空自衛官である。第20代航空幕僚長。 | ||
北海道札幌西高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1933年生まれの人 |
北海道函館工業高等学校の出身者
2 | 福島和可菜 | Wikipedia |
福島 和可菜(ふくしま わかな、1982年12月2日 - )は、日本のタレント、女優、予備自衛官、マラソンランナー、ウルトラマラソンランナー。愛称は『ワカナン』・『ワッカーナ』。エヌフォースプロモーションを経てサンミュージックプロダクション所属。 | ||
12月2日生まれの人  1982年生まれの人 |
北海道八雲高等学校の出身者
3 | 小西ゆかり | Wikipedia |
小西 ゆかり(こにし ゆかり、1979年1月11日 - )は、北海道八雲町出身の射撃選手。専門はピストル射撃。2004年アテネオリンピック日本代表。北海道八雲高等学校卒業。元自衛隊体育学校所属(陸上自衛隊)。現在は退職して予備自衛官となっている。埼玉県ライフル射撃協会・飛鳥交通所属。 | ||
1月11日生まれの人  1979年生まれの人 |
北海道旭川南高等学校の出身者
4 | 中田茂男 旭川市 中央大学へ進学 | Wikipedia |
中田 茂男(なかた しげお、1945年10月16日 - )は、日本のアマチュアレスリング選手、元陸上自衛官。 メキシコオリンピックレスリングフリースタイル・フライ級金メダリスト。 | ||
北海道旭川南高等学校から中央大学への進学者 全国の中央大学の出身者 旭川市の出身者 | ||
10月16日生まれの人  1945年生まれの人 |
八戸工業大学第一高等学校の出身者
5 | 小原日登美 八戸市 至学館大学へ進学 | Wikipedia |
小原 日登美(おばら ひとみ(旧姓・坂本)、1981年1月4日 - )は、日本の女子レスリング選手。2012年ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級・金メダリスト。青森県八戸市出身。陸上自衛官(2012年8月現在の階級は1等陸尉)。 | ||
八戸工業大学第一高等学校から至学館大学への進学者 全国の至学館大学の出身者 八戸市の出身者 | ||
1月4日生まれの人  1981年生まれの人 |
岩手県立盛岡第三高等学校の出身者
6 | 岩崎茂 岩手町 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
岩崎 茂(いわさき しげる、1953年(昭和28年)2月3日 - )は、日本の航空自衛官。第31代航空幕僚長を経て、第4代統合幕僚長。岩手県和賀郡江釣子村出身。 | ||
岩手県立盛岡第三高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 岩手町の出身者 | ||
2月3日生まれの人  1953年生まれの人 |
岩手県立遠野高等学校の出身者
7 | 林崎千明 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
林崎 千明(はやしざき ちあき、1938年(昭和13年)3月25日 - )は、日本の海上自衛官。第20代海上幕僚長。 | ||
岩手県立遠野高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月25日生まれの人  1938年生まれの人 |
宮城県仙台第二高等学校の出身者
8 | 阿羅健一 東北大学へ進学 | Wikipedia |
阿羅 健一(あら けんいち、 1944年2月9日 - )は、日本の評論家・近現代史研究家。1980年代まで畠中秀夫という通名を使用していた。「百人斬り訴訟を支援する会」会長を経て、現在「中国の抗日記念館の不当な写真の撤去を求める国民の会」会長、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」・主権回復を目指す会(以上全て任意団体)顧問を務める。(有)情報出版(東京都千代田区)代表取締役。 | ||
宮城県仙台第二高等学校から東北大学への進学者 全国の東北大学の出身者 | ||
2月9日生まれの人  1944年生まれの人 |
宮城県石巻高等学校の出身者
9 | 荒川憲一 一橋大学へ進学 | Wikipedia |
荒川 憲一(あらかわ けんいち、1947年 - )は日本の戦史学者、陸上自衛官。専門は比較戦争史。一等陸佐を経て、防衛大学校総合安全保障研究科教授、軍事史学会理事を務めた。一橋大学博士(経済学)。国際安全保障学会最優秀出版奨励賞・佐伯喜一賞受賞。 | ||
宮城県石巻高等学校から一橋大学への進学者 全国の一橋大学の出身者 | ||
1947年生まれの人 |
宮城県柴田農林高等学校の出身者
10 | 三宅義行 村田町 法政大学へ進学 | Wikipedia |
三宅 義行(みやけ よしゆき、1945年(昭和20年)9月30日 - )は、日本の重量挙げ選手、陸上自衛官。1964年東京オリンピック・メキシコシティオリンピックの重量挙げ金メダリスト三宅義信は実兄、ロンドンオリンピック重量挙げ銀メダリストリオデジャネイロオリンピック重量挙げ銅メダリスト・三宅宏実は娘、全日本女子ヘッドコーチを務めた三宅敏博は次男。長男も競技経験者。 | ||
宮城県柴田農林高等学校から法政大学への進学者 全国の法政大学の出身者 村田町の出身者 | ||
9月30日生まれの人  1945年生まれの人 |
宮城県大河原商業高等学校の出身者
11 | 三宅義信 村田町 法政大学へ進学 | Wikipedia |
三宅 義信(みやけ よしのぶ、1939年11月24日 - )は、宮城県柴田郡村田町出身のオリンピックにも出場した元重量挙げ選手、元陸上自衛官。現在は東京都在住。 | ||
宮城県大河原商業高等学校から法政大学への進学者 全国の法政大学の出身者 村田町の出身者 | ||
11月24日生まれの人  1939年生まれの人 |
秋田県立大館鳳鳴高等学校の出身者
12 | 荒谷卓 東京理科大学へ進学 | Wikipedia |
荒谷 卓(あらや たかし、1959年(昭和34年) - )は、武道家(明治神宮武道場至誠館 第3代館長)、予備役ブルーリボンの会幹事。元陸上自衛官(陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)。 | ||
秋田県立大館鳳鳴高等学校から東京理科大学への進学者 全国の東京理科大学の出身者 | ||
1959年生まれの人 |
福島県立須賀川高等学校の出身者
13 | 円谷幸吉 中央大学へ進学 | Wikipedia |
円谷 幸吉(つぶらや こうきち、本名:つむらや こうきち[要出典]、1940年(昭和15年)5月13日 - 1968年(昭和43年)1月9日)は日本の陸上競技(長距離走・マラソン)選手、陸上自衛官。 | ||
福島県立須賀川高等学校から中央大学への進学者 全国の中央大学の出身者 | ||
5月13日生まれの人  1940年生まれの人 |
福島県立磐城高等学校の出身者
14 | 吉田英三 吉田英三へ進学 | Wikipedia |
吉田 英三(よしだ ひでみ、1902年(明治35年)3月5日 - 1978年(昭和53年)4月24日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海軍大佐、海将。 | ||
福島県立磐城高等学校から吉田英三への進学者 全国の吉田英三の出身者 | ||
3月5日生まれの人  1902年生まれの人 |
福島県立福島高等学校の出身者
15 | 長澤浩 福島市 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
長澤 浩(ながさわ こう、1900年(明治33年)12月29日 - 1967年(昭和42年)4月17日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。海軍兵学校(第49期)卒。第2代海上幕僚長。 | ||
福島県立福島高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 福島市の出身者 | ||
12月29日生まれの人  1900年生まれの人 |
茨城県立太田第一高等学校の出身者
16 | 生田目修 | Wikipedia |
生田目 修(なまため おさむ、1924年(大正13年)8月24日 - 1999年(平成11年)6月20日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第16代航空幕僚長。 | ||
8月24日生まれの人  1924年生まれの人 |
茨城県立真壁高等学校の出身者
17 | 谷島緑 | Wikipedia |
谷島 緑(やじま みどり、1979年4月17日)は日本の男子射撃選手、陸上自衛官。茨城県出身。筑西市立協和中学校、茨城県立真壁高等学校卒業。自衛隊体育学校所属。二等陸曹。 | ||
4月17日生まれの人  1979年生まれの人 |
土浦日本大学高等学校の出身者
18 | 本田多聞 | Wikipedia |
本田 多聞(ほんだ たもん、1963年8月15日 - )は、日本の男性プロレスラーで元レスリング選手、元陸上自衛官。神奈川県横浜市出身。フリーランス。土浦日本大学高等学校、日本大学卒業。 | ||
8月15日生まれの人  1963年生まれの人 |
千葉県立船橋高等学校の出身者
19 | ロック岩崎 船橋市 | Wikipedia |
ロック岩崎(ロックいわさき、1951年11月28日 - 2005年4月21日)は、元航空自衛官、エアショーパイロットである。本名は岩崎 貴弘(いわさき たかひろ)。群馬県勢多郡赤城村(現:渋川市)出身。曲技飛行の第一人者として知られた。 | ||
船橋市の出身者 | ||
11月28日生まれの人  1951年生まれの人 |
千葉県立安房高等学校の出身者
20 | 前田忠男 南房総市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
前田 忠男(まえだ ただお、1964年〈昭和39年〉4月3日- )は、日本の陸上自衛官。千葉県出身。防衛大学校を卒業後(第31期)、1987年陸上自衛隊入隊。1佐までの職種は普通科。2012年7月26日に陸将補に昇任し、第1空挺団長兼習志野駐屯地司令。要望事項は「心常に空挺を離れず」であった]。2018年8月1日に陸将に昇任し、第7師団長 要望事項は「一騎当千」であった 。2020年4月15日から第39代北部方面総監を務める。要望事項は「必成」である。2021年3月26日から第5代陸上総隊司令官に就任。 | ||
千葉県立安房高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 南房総市の出身者 |
千葉県立大多喜高等学校の出身者
21 | 東山収一郎 | Wikipedia |
東山 収一郎(ひがしやま しゅういちろう、1932年(昭和7年)9月25日- )は、日本の元海上自衛官。第17代海上幕僚長。 | ||
9月25日生まれの人  1932年生まれの人 |
東邦大学付属東邦高等学校の出身者
22 | 金井宣茂 防衛医科大学校へ進学 | Wikipedia |
金井 宣茂(かない のりしげ、1976年(昭和51年)12月 - )は、JAXA宇宙飛行士、医師、元海上自衛官。千葉県出身。 | ||
東邦大学付属東邦高等学校から防衛医科大学校への進学者 全国の防衛医科大学校の出身者 | ||
1976年生まれの人 |
筑波大学附属高等学校の出身者
23 | 落合畯 長柄町 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
落合 畯(おちあい たおさ、1939年(昭和14年)7月 - )は、日本の元海上自衛官である。自衛隊初の海外任務となった、湾岸戦争後のペルシャ湾掃海派遣部隊の指揮官。最終階級は海将補。現在は鎌倉市在住。 | ||
筑波大学附属高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 長柄町の出身者 | ||
1939年生まれの人 | ||
24 | 佐薙毅 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
佐薙 毅(さなぎ さだむ、1901年(明治34年)8月8日 - 1990年(平成2年)3月14日)は、日本の海軍軍人及び航空自衛官、第2代航空幕僚長。海軍の最終階級は海軍大佐。自衛隊の最終階級は航空幕僚長たる空将。 | ||
筑波大学附属高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
8月8日生まれの人  1901年生まれの人 |
筑波大学附属駒場高等学校の出身者
25 | 篠山半太 札幌市 京都大学へ進学 | Wikipedia |
篠山 半太(しのやま はんた)は、日本の小説家、自衛隊員。 | ||
筑波大学附属駒場高等学校から 京都大学への進学者 全国の 京都大学の出身者 札幌市の出身者 |
東京都立戸山高等学校の出身者
26 | 緒方景俊 陸軍士官学校へ進学 | Wikipedia |
緒方 景俊(おがた かげとし、1913年(大正2年)9月1日 - 1982年(昭和57年)12月26日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第8代航空幕僚長。 | ||
東京都立戸山高等学校から陸軍士官学校への進学者 全国の陸軍士官学校の出身者 | ||
9月1日生まれの人  1913年生まれの人 | ||
27 | 鈴木英 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
鈴木 英(すずき すぐる、1908年(明治41年) 4月1日 - 1985年(昭和60年)9月18日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。太平洋戦争において軍令部作戦課員などを務め、戦後は海上自衛隊に入隊。最終階級は日本海軍では海軍中佐、海自では海将。父は鈴木孝雄陸軍大将で、その次男。妻は岡田啓介首相の娘、喜美子。 | ||
東京都立戸山高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
4月1日生まれの人  1908年生まれの人 | ||
28 | 上村健太郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
上村 健太郎(うえむら けんたろう、1908年(明治41年)7月18日 - 1981年(昭和56年)8月4日)は、兵庫県出身の旧内務官僚、航空自衛官である。初代航空幕僚長。 | ||
東京都立戸山高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
7月18日生まれの人  1908年生まれの人 | ||
29 | 大森寛 東京大学へ進学 | Wikipedia |
大森 寛(おおもり かん、1908年(明治41年) - 2002年(平成14年)6月18日)は、青森県出身の旧内務省官僚及び陸上自衛官。東京帝国大学昭和5年度卒業。第4代陸上幕僚長。息子に大森義夫(内閣情報調査室長)、大森敬治(防衛施設庁長官、内閣官房副長官補、駐オマーン大使)。旧姓・石岡。 | ||
東京都立戸山高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
1908年生まれの人 | ||
30 | 林敬三 東京大学へ進学 | Wikipedia |
林 敬三(はやし けいぞう、1907年(明治40年)1月8日 - 1991年(平成3年)11月12日)は、日本の内務官僚、陸上自衛官。東京帝国大学卒業(法学部卒)。初代統合幕僚会議議長。第11代日本赤十字社社長。陸軍中将林弥三吉の息子である。正三位勲一等旭日大綬章。 | ||
東京都立戸山高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
1月8日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
31 | 松田武 東京大学へ進学 | Wikipedia |
松田 武(まつだ たけし、1906年(明治39年)8月3日 - 1988年(昭和63年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、旧軍需省官僚、実業家である。第4代航空幕僚長。 | ||
東京都立戸山高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
8月3日生まれの人  1906年生まれの人 |
東京都立新宿高等学校の出身者
32 | 森本敏 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
森本 敏(もりもと さとし、1941年(昭和16年)3月15日 - )は、日本の国際政治学者、航空自衛官、外交官。拓殖大学第19代総長(2016年3月-)、特任教授、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)運営委員、防衛法学会顧問。元防衛大臣(第11代)、防衛大臣政策参与。東京都出身。 | ||
東京都立新宿高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月15日生まれの人  1941年生まれの人 |
東京都立豊多摩高等学校の出身者
33 | 君塚栄治 相模原市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
君塚 栄治(きみづか えいじ、1952年(昭和27年)7月16日 - 2015年(平成27年)12月28日)は、日本の元陸上自衛官。第33代陸上幕僚長。1等陸佐までの職種は野戦特科。 | ||
東京都立豊多摩高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
7月16日生まれの人  1952年生まれの人 |
暁星高等学校の出身者
34 | 松平永芳 海軍機関学校へ進学 | Wikipedia |
松平永芳(まつだいら ながよし 1915年(大正4年)3月21日 - 2005年(平成17年)7月10日)は、日本の海軍軍人、陸上自衛官、神官。靖国神社第6代宮司(1978年 - 1992年)時代には、A級戦犯の合祀を実施したことで知られる。 | ||
暁星高等学校から海軍機関学校への進学者 全国の海軍機関学校の出身者 | ||
3月21日生まれの人  1915年生まれの人 |
麻布高等学校の出身者
35 | 福地誠夫 | Wikipedia |
福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14日 - 2007年(平成19年)7月26日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は日本海軍では海軍大佐、海上自衛隊では海将。退官後は記念艦「三笠」艦長を務めた。 | ||
2月14日生まれの人  1904年生まれの人 |
東京実業高等学校の出身者
36 | 青木篤志 大田区 | Wikipedia |
青木 篤志(あおき あつし、1977年9月25日 - )は、日本のプロレスラー。元自衛官。東京都大田区出身。プロレスリング・ノアを経て現在は全日本プロレスに所属。 | ||
大田区の出身者 | ||
9月25日生まれの人  1977年生まれの人 |
科学技術学園高等学校の出身者
37 | 藤井亮 | Wikipedia未登録 |
長距離ランナー自衛官 |
神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
38 | 米川忠吉 青山学院大学へ進学 | Wikipedia |
米川 忠吉(よねかわ ただよし、1932年(昭和7年)10月 - 2011年(平成23年)9月16日)は、日本の航空自衛官。第19代航空幕僚長。青山学院大学経済学部卒。 | ||
神奈川県立希望ヶ丘高等学校から青山学院大学への進学者 全国の青山学院大学の出身者 | ||
1932年生まれの人 |
神奈川県立横須賀高等学校の出身者
39 | 鍛治雅和 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
鍜治 雅和(かじ まさかず、1957年(昭和32年)4月 - )は、元海上自衛官。第20代潜水艦隊司令官。 | ||
神奈川県立横須賀高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1957年生まれの人 |
40 | 齋藤隆 横須賀市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
齋藤 隆(さいとう たかし、1948年(昭和23年)2月11日 - )は、日本の元海上自衛官。第2代統合幕僚長、第27代海上幕僚長である。防衛大学校本科第14期卒業。戦後生まれ(団塊の世代)初の統合幕僚長でもある。神奈川県出身。 | ||
神奈川県立横須賀高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 横須賀市の出身者 | ||
2月11日生まれの人  1948年生まれの人 | ||
41 | 平間洋一 横須賀市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14日 - )は、日本の歴史学者。太平洋学会理事、戦略研究学会理事、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)委員、横須賀市史編纂委員、特定非営利活動法人岡崎研究所理事、社会福祉法人興寿会理事などを務める。元海上自衛官、元防衛大学校教授。 | ||
神奈川県立横須賀高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 横須賀市の出身者 | ||
5月14日生まれの人  1933年生まれの人 | ||
42 | 左近允尚敏 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
左近允 尚敏(さこんじょう なおとし、1925年(大正15年)2月11日 - 2013年(平成25年)6月30日)は、大日本帝国海軍の軍人、海上自衛官。最終階級は海将。鹿児島県出身。海兵72期。海軍中将左近允尚正の次男。多号作戦で駆逐艦「島風」砲術長として「島風」沈没時(多号作戦)に戦死した海軍大尉左近允正章(まさふみ)は兄にあたる。 | ||
神奈川県立横須賀高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
2月11日生まれの人  1925年生まれの人 | ||
43 | 横山保 | Wikipedia |
横山 保(よこやま たもつ、1909年(明治42年)8月11日 - 1981年(昭和56年)3月)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。海兵59期。最終階級は海軍で中佐、空自で空将補。 | ||
8月11日生まれの人  1909年生まれの人 |
聖光学院高等学校(神奈川県)の出身者
44 | 勝沼栄明 高松市 北海道大学へ進学 | Wikipedia |
勝沼 栄明(かつぬま しげあき、1974年11月26日 - )は、日本の政治家、医師、元陸上自衛隊予備自衛官(予備一等陸尉)。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。 | ||
聖光学院高等学校(神奈川県)から 北海道大学への進学者 全国の 北海道大学の出身者 高松市の出身者 | ||
11月26日生まれの人  1974年生まれの人 |
東海大学付属相模高等学校の出身者
45 | 平井希 東海大学へ進学 | Wikipedia |
平井 希(ひらい のぞみ、1986年9月19日 -)は静岡県出身の日本の柔道家。57kg級の選手。身長164cm。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は小内刈。現在は自衛隊体育学校に所属する陸上自衛官(2等陸曹)。 | ||
東海大学付属相模高等学校から東海大学への進学者 全国の東海大学の出身者 | ||
9月19日生まれの人  1986年生まれの人 |
高岡向陵高等学校の出身者
46 | 谷井孝行 滑川市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
谷井 孝行(たにい たかゆき、1983年2月14日-)は、日本の陸上競技選手。専門は競歩。富山県滑川市出身。日本大学卒業。かつては佐川急便に所属し、現在は航空自衛隊(自衛隊体育学校)に所属。階級は二等空曹の自衛官である。167cm・57Kg | ||
高岡向陵高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 滑川市の出身者 | ||
2月14日生まれの人  1983年生まれの人 |
石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
47 | 浦茂 金沢市 陸軍士官学校へ進学 | Wikipedia |
浦 茂(うら しげる、1909年2月11日 - 2001年11月18日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、実業家である。航空自衛隊では第5代航空幕僚長を務めた。最終階級は中佐(旧陸軍)、航空幕僚長たる空将(空自)。 | ||
石川県立金沢泉丘高等学校から陸軍士官学校への進学者 全国の陸軍士官学校の出身者 金沢市の出身者 | ||
2月11日生まれの人  1909年生まれの人 |
金沢大学附属高等学校の出身者
48 | 志方俊之 金沢市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
志方 俊之(しかた としゆき、1936年3月30日 - )は、日本の防衛評論家、帝京大学名誉教授、星槎大学客員教授、元陸上自衛官(最終階級:陸将)。工学博士(京都大学、1968年)。 | ||
金沢大学附属高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月30日生まれの人  1936年生まれの人 |
福井県立羽水高等学校の出身者
49 | 齊藤治和 清水町 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
齊藤 治和(さいとう はるかず、1956年(昭和31年)1月2日- )は、日本の航空自衛官。第33代航空幕僚長。職種は飛行(戦闘機操縦士)。TACネームは「GOA」。総飛行時間は約3300時間、その約半分はF-15戦闘機によるもの。 | ||
福井県立羽水高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 清水町の出身者 | ||
1月2日生まれの人  1956年生まれの人 |
山梨県立韮崎工業高等学校の出身者
50 | 米満達弘 富士吉田市 拓殖大学へ進学 | Wikipedia |
米満 達弘(よねみつ たつひろ、1986年8月5日 - )は、日本の元レスリング選手、指導者。陸上自衛隊朝霞駐屯地・自衛隊体育学校に所属する自衛官である。階級は三等陸尉。 | ||
山梨県立韮崎工業高等学校から拓殖大学への進学者 全国の拓殖大学の出身者 富士吉田市の出身者 | ||
8月5日生まれの人  1986年生まれの人 |
長野県立野沢北高等学校の出身者
51 | 油井亀美也 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
油井 亀美也(ゆい きみや、1970年1月30日 - )は、日本のJAXA宇宙飛行士、元航空自衛官。長野県南佐久郡川上村出身。 | ||
長野県立野沢北高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1月30日生まれの人  1970年生まれの人 |
愛知県立明和高等学校の出身者
52 | 堀栄三 五條市 陸軍士官学校へ進学 | Wikipedia |
堀 栄三(ほり えいぞう、1913年(大正2年)10月16日 - 1995年(平成7年)6月5日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。階級は陸軍中佐、陸将補。 | ||
愛知県立明和高等学校から陸軍士官学校への進学者 全国の陸軍士官学校の出身者 五條市の出身者 | ||
10月16日生まれの人  1913年生まれの人 |
愛知県立津島高等学校の出身者
53 | 吉川圭祐 津島市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
吉川 圭祐(よしかわ けいすけ)は、日本の自衛官、海将。 | ||
愛知県立津島高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 津島市の出身者 |
愛知県立刈谷高等学校の出身者
54 | 美濃部正 | Wikipedia |
美濃部 正(みのべ ただし、旧姓:太田(おおた)、1915年 - 1997年6月12日)は、旧日本海軍軍人、航空自衛官である。愛知県出身。海兵64期。最終階級は海軍において少佐、自衛隊において空将。 | ||
1915年生まれの人 |
至学館高等学校の出身者
55 | 坂本真喜子 八戸市 至学館大学へ進学 | Wikipedia |
坂本 真喜子(さかもと まきこ、1985年11月20日 - )は、日本の女子レスリング48kg級の元選手。青森県八戸市出身。陸上自衛官(3等陸曹)。女子レスリング51kg級の小原日登美は姉、また女子レスリング67kg級の坂本襟はいとこである。身長152cm。中京女子大学附属高等学校(現・至学館高等学校) - 中京女子大学。山本美憂が2回以上対戦して一度も勝つことができなかった唯一の選手である。 | ||
至学館高等学校から至学館大学への進学者 全国の至学館大学の出身者 八戸市の出身者 | ||
11月20日生まれの人  1985年生まれの人 |
中京大学附属中京高等学校の出身者
56 | 杉浦貴 名古屋市 自衛隊体育学校へ進学 | Wikipedia |
杉浦 貴(すぎうら たかし、1970年5月31日 - )は、日本のプロレスラー、総合格闘家。愛知県名古屋市出身。プロレスリング・ノア所属。元自衛官。 | ||
中京大学附属中京高等学校から自衛隊体育学校への進学者 全国の自衛隊体育学校の出身者 名古屋市の出身者 | ||
5月31日生まれの人  1970年生まれの人 |
京都府立鴨沂高等学校の出身者
57 | 潮匡人 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
潮 匡人(うしお まさと、1960年3月 - )は、日本の評論家、軍事ジャーナリスト、元航空自衛官。帝京大学短期大学人間文化学科准教授、元防衛庁広報誌「日本の風」(通巻6号で休刊)編集長。 | ||
京都府立鴨沂高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
1960年生まれの人 |
京都府立東舞鶴高等学校の出身者
58 | 小原舞 舞鶴市 関西学院大学へ進学 | Wikipedia |
小原 舞(おはら まい、1974年7月10日 - )は、日本の政治家、元海上自衛官。京都府議会議員(1期)。元衆議院議員(1期)。 | ||
京都府立東舞鶴高等学校から 関西学院大学への進学者 全国の 関西学院大学の出身者 舞鶴市の出身者 | ||
7月10日生まれの人  1974年生まれの人 |
京都府立網野高等学校の出身者
59 | 井上謙二 京丹後市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
井上 謙二(いのうえ けんじ、男性、1976年11月5日 - )は、日本の元レスリング(フリースタイル)選手、指導者、陸上自衛官。京都府竹野郡網野町(現・京丹後市)出身。 | ||
京都府立網野高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 京丹後市の出身者 | ||
11月5日生まれの人  1976年生まれの人 |
大阪府立市岡高等学校の出身者
60 | 奥宮正武 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
奥宮 正武(おくみや まさたけ、1909年(明治42年)7月27日 - 2007年(平成19年)2月22日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。海兵58期。最終階級は、海軍では海軍中佐、自衛隊では空将。 | ||
大阪府立市岡高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
7月27日生まれの人  1909年生まれの人 |
大阪府立阿倍野高等学校の出身者
61 | 吉川榮治 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
吉川 榮治(よしかわ えいじ、1948年(昭和23年)1月28日 - )は、日本の海上自衛官。第28代海上幕僚長。大阪府出身。 | ||
大阪府立阿倍野高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1月28日生まれの人  1948年生まれの人 |
大阪府立三国丘高等学校の出身者
62 | 出口佳努 堺市 岡山大学へ進学 | Wikipedia |
出口 佳努(でぐち かつと、1962年(昭和37年)6月23日- )は、日本の海上自衛官。第41代海上幕僚副長。1990年代以降、自衛隊の将官については防衛大学校出身者が大多数を占め、残りの一般大学出身者についても旧帝国大学出身であることが多い中、いずれにもあてはまらない希有な人物である。 | ||
大阪府立三国丘高等学校から岡山大学への進学者 全国の岡山大学の出身者 堺市の出身者 | ||
6月23日生まれの人  1962年生まれの人 |
大阪府立豊中高等学校の出身者
63 | 森本敏 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
森本 敏(もりもと さとし、1941年(昭和16年)3月15日 - )は、日本の国際政治学者、航空自衛官、外交官。拓殖大学第19代総長(2016年3月-)、特任教授、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)運営委員、防衛法学会顧問。元防衛大臣(第11代)、防衛大臣政策参与。東京都出身。 | ||
大阪府立豊中高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月15日生まれの人  1941年生まれの人 |
明星高等学校(大阪)の出身者
64 | 村井嘉浩 豊中市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
村井 嘉浩(むらい よしひろ、1960年8月20日 - )は、日本の政治家。宮城県知事(民選第18-20代)。復興庁復興推進委員会委員。過去に、宮城県議会議員(3期)、東日本大震災復興構想会議委員などを歴任。元陸上自衛官(最終階級:一等陸尉)。 | ||
明星高等学校(大阪)から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 豊中市の出身者 | ||
8月20日生まれの人  1960年生まれの人 |
兵庫県立尼崎高等学校の出身者
65 | 秋山一郎 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
秋山 一郎(あきやま いちろう、1949年(昭和24年)3月26日 - )は、日本の兵庫県出身の元陸上自衛官。元化学兵器禁止機関(OPCW)査察局長。兵庫県立尼崎高等学校、防衛大学校卒。在職間米国イリノイ大学大学院に5年間留学、化学防護の専門家として同分野における指揮官・幕僚として勤務する。また、防衛省職員として初めてOPCWに派遣された人物である。 | ||
兵庫県立尼崎高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月26日生まれの人  1949年生まれの人 |
兵庫県立篠山東雲高等学校の出身者
66 | 角谷淳志 篠山市 | Wikipedia |
角谷 淳志(かくたに あつし、1985年4月23日 - )は、日本の男性プロボクサー、元陸上自衛官。兵庫県篠山市出身。金沢ボクシングジム所属。 | ||
篠山市の出身者 | ||
4月23日生まれの人  1985年生まれの人 |
兵庫県立龍野高等学校の出身者
67 | 藤縄祐爾 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
藤縄 祐爾(ふじなわ ゆうじ、1941年(昭和16年)9月22日 - )は、日本の元陸上自衛官。第25代陸上幕僚長、第23代統合幕僚会議議長。兵庫県出身。 | ||
兵庫県立龍野高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
9月22日生まれの人  1941年生まれの人 |
兵庫県立豊岡高等学校の出身者
68 | 庵原貢 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日 - 1979年(昭和54年)3月31日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官である。海軍兵学校卒業(第52期)。第3代海上幕僚長。 | ||
兵庫県立豊岡高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
10月3日生まれの人  1903年生まれの人 |
灘高等学校の出身者
69 | 杉山蕃 芦屋市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
杉山 蕃(すぎやま しげる、1938年(昭和13年)1月16日 - )は、航空自衛官。兵庫県出身。第22代航空幕僚長、第21代統合幕僚会議議長。保守系日刊紙『世界日報 (日本)』のコラム「ビューポイント」の常連寄稿者の一人である。現在は千葉県在住。戦闘機パイロット出身でTACネームは“BAN”。 | ||
灘高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1月16日生まれの人  1938年生まれの人 |
和歌山県立和歌山工業高等学校の出身者
70 | 湯元進一 和歌山市 拓殖大学へ進学 | Wikipedia |
湯元 進一(ゆもと しんいち、男性、1984年12月4日 - )は、日本の元レスリング選手(55kg級)、陸上自衛官(現在の階級は2等陸尉)。和歌山県和歌山市出身。和歌山県立和歌山工業高等学校、拓殖大学卒業。身長164cm。 | ||
和歌山県立和歌山工業高等学校から拓殖大学への進学者 全国の拓殖大学の出身者 和歌山市の出身者 | ||
12月4日生まれの人  1984年生まれの人 |
和歌山県立桐蔭高等学校の出身者
71 | 筒井竹雄 | Wikipedia |
筒井 竹雄(つつい たけお、1902年(明治35年)5月20日 - 1968年(昭和43年)9月15日)は日本の官僚及び陸上自衛官。第2代陸上幕僚長。 | ||
5月20日生まれの人  1902年生まれの人 |
和歌山県立貴志川高等学校の出身者
72 | 村田昴 | Wikipedia |
村田 昴(むらた すばる、1996年10月19日 - )は、日本のアマチュアボクサー。和歌山県岩出市出身[1]。自衛隊体育学校所属の自衛官。 | ||
10月19日生まれの人  1996年生まれの人 |
鳥取県立鳥取西高等学校の出身者
73 | 坂野経三郎 | Wikipedia未登録 |
民主党鳥取県議会議員、元海上自衛官 |
島根県立大社高等学校の出身者
74 | 中山定義 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
中山 定義(なかやま さだよし、1905年(明治38年)8月16日 - 1995年(平成7年)1月16日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。第4代海上幕僚長。島根県出雲市出身。東京都目黒区在住であった。長男は第10代明治学院長の中山弘正。 | ||
島根県立大社高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
8月16日生まれの人  1905年生まれの人 |
岡山県立岡山城東高等学校の出身者
75 | 三宅由佳莉 日本大学へ進学 | Wikipedia |
三宅 由佳莉(みやけ ゆかり、1986年12月14日 - )は、岡山県出身の海上自衛官で、海上自衛隊東京音楽隊所属のソプラノ歌手。”海自の歌姫”とも呼ばれる。 | ||
岡山県立岡山城東高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
12月14日生まれの人  1986年生まれの人 |
広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
76 | 源田実 太田町 | Wikipedia |
源田 実(げんだ みのる、源田 實、1904年(明治37年)8月16日 - 1989年(平成元年)8月15日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官、政治家。海軍では海兵52期を卒業し、最終階級は大佐。戦闘機パイロット、航空参謀を歴任し、第三四三海軍航空隊司令として終戦を迎えた。自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。航空自衛隊の育ての親。政治家としては参議院議員を4期24年務めた。赤十字飛行隊の初代飛行隊長を務める。 | ||
太田町の出身者 | ||
8月16日生まれの人  1904年生まれの人 | ||
77 | 杉山茂 | Wikipedia |
杉山 茂(すぎやま しげる、1902年(明治35年)4月28日 - 1982年(昭和57年)1月29日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸士36期、陸大45期。第2代陸上幕僚長。戦後、服部卓四郎他からの勧めで東條英機の娘、東條光枝と結婚する。 | ||
4月28日生まれの人  1902年生まれの人 |
広島市立基町高等学校の出身者
78 | 栗栖健一 広島市 国立音楽大学へ進学 | Wikipedia |
栗栖 健一(くりす けんいち、1972年 - )は、日本の吹奏楽作曲家・トランペット奏者。航空自衛隊音楽隊員の自衛官。広島県広島市南区宇品出身。 | ||
広島市立基町高等学校から国立音楽大学への進学者 全国の国立音楽大学の出身者 広島市の出身者 | ||
1972年生まれの人 |
広島県立呉三津田高等学校の出身者
79 | 栗栖弘臣 呉市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
栗栖 弘臣(くりす ひろおみ、1920年(大正9年)2月27日 - 2004年(平成16年)7月19日)は、日本の内務省官僚、海軍軍人及び陸上自衛官。第12代陸上幕僚長、第10代統合幕僚会議議長。 | ||
広島県立呉三津田高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 呉市の出身者 | ||
2月27日生まれの人  1920年生まれの人 |
広島県立三次高等学校の出身者
80 | 竹河内捷次 三次市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
竹河内 捷次(たけごうち しょうじ、1943年(昭和18年)3月10日 - )は、日本の元航空自衛官で第25代航空幕僚長、第24代統合幕僚会議議長。広島県出身。現在は埼玉県在住 | ||
広島県立三次高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 三次市の出身者 | ||
3月10日生まれの人  1943年生まれの人 |
山口県立柳井高等学校の出身者
81 | 茅原郁生 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
茅原 郁生(かやはら いくお、1938年7月14日 - )は陸上自衛官、拓殖大学名誉教授。専門は、中国の安全保障。山口県出身。 | ||
山口県立柳井高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
7月14日生まれの人  1938年生まれの人 |
徳島県立脇町高等学校の出身者
82 | 香田洋二 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
香田 洋二(こうだ ようじ、1949年(昭和24年)12月 - )は日本の元海上自衛官、第41代自衛艦隊司令官(海将)。徳島県出身。 | ||
徳島県立脇町高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1949年生まれの人 |
愛媛県立今治西高等学校の出身者
83 | 重松惠三 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
重松 惠三(しげまつ けいぞう、1936年 - )は、愛媛県出身の元陸上自衛官。第25代東部方面総監、第21代西部方面総監。 | ||
愛媛県立今治西高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1936年生まれの人 |
愛媛県立松山東高等学校の出身者
84 | 高橋定 | Wikipedia |
高橋 定(たかはし さだむ、1912年(大正元年)12月 - 2015年(平成27年)12月25日)は、日本海軍士官、艦上爆撃機操縦士。元海上自衛官、海将。 | ||
1912年生まれの人 |
高知県立山田高等学校の出身者
85 | 山中詩乃 | Wikipedia |
山中 詩乃(やまなか しの、1990年8月3日 - )は、高知県出身の自衛隊員。陸上自衛隊に所属。自衛官としての階級は、陸士長。 | ||
8月3日生まれの人  1990年生まれの人 |
土佐高等学校の出身者
86 | 中谷元 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
中谷 元(なかたに げん、1957年10月14日 - )は、日本の政治家。元陸上自衛官(二等陸尉、レンジャー)。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。 | ||
土佐高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
10月14日生まれの人  1957年生まれの人 |
福岡県立戸畑高等学校の出身者
87 | 津曲義光 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
津曲 義光(つまがり よしみつ、1946年(昭和21年)7月8日 - 2011年(平成23年)11月27日)は、日本の元航空自衛官である。福岡県出身。第27代航空幕僚長。 | ||
福岡県立戸畑高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
7月8日生まれの人  1946年生まれの人 | ||
88 | 山田良市 | Wikipedia |
山田 良市(やまだ りょういち、1923年(大正12年)9月3日 - 2013年(平成25年)2月27日)は、日本の海軍軍人及び航空自衛官、第15代航空幕僚長である。海軍兵学校第71期卒。海軍での最終階級は海軍大尉。航空自衛隊での最終階級は航空幕僚長たる空将。 | ||
9月3日生まれの人  1923年生まれの人 |
福岡県立東筑高等学校の出身者
89 | 山崎小五郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
山崎 小五郎(やまざき こごろう、1905年(明治38年)11月10日 - 1976年(昭和51年)8月2日)は、日本の海上自衛官、旧逓信省と運輸省の官僚。第24代運輸事務次官、初代海上幕僚長、海上保安庁次長。 | ||
福岡県立東筑高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
11月10日生まれの人  1905年生まれの人 |
福岡県立筑紫高等学校の出身者
90 | 岡部俊哉 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
岡部 俊哉(おかべ としや、1959年(昭和34年)2月- )は、日本の陸上自衛官。第35代陸上幕僚長。 | ||
福岡県立筑紫高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1959年生まれの人 |
福岡県立修猷館高等学校の出身者
91 | 立花尊顯 | Wikipedia |
立花 尊顯(たちばな たかあき、1957年(昭和32年)4月19日 - )は、日本の福岡県出身の陸上自衛官。1佐までの職種は機甲科。 | ||
4月19日生まれの人  1957年生まれの人 | ||
92 | 用田和仁 | Wikipedia |
用田 和仁(もちだ かずひと、1952年7月16日 - )は、福岡県出身の元陸上自衛官。陸将。 | ||
7月16日生まれの人  1952年生まれの人 | ||
93 | 野中光男 | Wikipedia |
野中 光男(のなか みつお、1944年(昭和19年) - )は、佐賀県出身の元陸上自衛官。福岡県立修猷館高等学校・防衛大学校を卒業(第12期・同期に初代統合幕僚長先崎一)。1佐までの職種は野戦特科。現在は埼玉県在住。 | ||
1944年生まれの人 | ||
94 | 佐藤守 | Wikipedia |
佐藤 守(さとう まもる、1939年8月27日 - )は、日本の軍事評論家。元幹部自衛官(最終階級は空将)。 | ||
8月27日生まれの人  1939年生まれの人 | ||
95 | 竹田五郎 | Wikipedia |
竹田 五郎(たけだ ごろう、1921年(大正10年)10月 - )は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、軍事評論家。最終階級は陸軍では陸軍大尉、航空自衛隊では統合幕僚会議議長たる空将。第14代航空幕僚長、第12代統合幕僚会議議長。 | ||
1921年生まれの人 |
福岡県立三池高等学校の出身者
96 | 中島正 | Wikipedia |
中島 正(なかじま ただし、1910年(明治43年)6月25日 - 1996年(平成8年)8月22日)は日本の海軍軍人、航空自衛官である。海軍では海兵58期卒業、最終階級は中佐。空自での最終階級は空将補。 | ||
6月25日生まれの人  1910年生まれの人 |
福岡県立鞍手高等学校の出身者
97 | 中村秀樹 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
中村 秀樹(なかむら ひでき、1950年(昭和25年) - )は、日本の元海上自衛官(2等海佐)。軍事史家。 | ||
福岡県立鞍手高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1950年生まれの人 |
福岡工業大学附属城東高等学校の出身者
98 | 外囿祥一郎 | Wikipedia |
外囿 祥一郎(ほかぞの しょういちろう、1969年12月4日 - )は、日本の音楽家、元航空自衛官。ユーフォニアムのトッププレーヤー。 | ||
12月4日生まれの人  1969年生まれの人 |
佐賀県立三養基高等学校の出身者
99 | 板谷隆一 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
板谷 隆一(いたや たかいち、1911年(明治44年)8月20日 - 1991年(平成3年)9月1日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(第60期)。海兵同期に鈴木實、進藤三郎など。第7代海上幕僚長、第5代統合幕僚会議議長。 | ||
佐賀県立三養基高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
8月20日生まれの人  1911年生まれの人 |
長崎県立大村高等学校の出身者
100 | 志摩篤 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
志摩 篤(しま あつし、1934年(昭和9年)12月 - )は、日本の元陸上自衛官。第21代陸上幕僚長。初の防衛大学校卒業の陸上幕僚長である。2012年より偕行社理事長。埼玉県出身。 | ||
長崎県立大村高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1934年生まれの人 |
熊本県立熊本高等学校の出身者
101 | 岡嶋清熊 | Wikipedia |
岡嶋 清熊(おかじま きよくま)は熊本県出身の海軍軍人、海上自衛官。海将補。海軍兵学校(第63期)卒。最終階級は、海軍少佐、海将補。 |
熊本県立八代高等学校の出身者
102 | 折木良一 津奈木町 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
折木 良一(おりき りょういち、1950年(昭和25年)2月10日 - )は、日本の元陸上自衛官。防衛大学校第16期卒業。職種は野戦特科。第30代陸上幕僚長。第3代統合幕僚長。元防衛大臣補佐官(防衛大臣政策参与)。熊本県津奈木町出身。 | ||
熊本県立八代高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 津奈木町の出身者 | ||
2月10日生まれの人  1950年生まれの人 |
熊本マリスト学園高等学校の出身者
103 | 惠隆之介 コザ市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
惠 隆之介(めぐみ りゅうのすけ、1954年 - )は、日本の評論家、ジャーナリスト。元海上自衛官で、現在は軍事分野の評論を中心に活動している。 | ||
熊本マリスト学園高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1954年生まれの人 |
大分県立大分上野丘高等学校の出身者
104 | 永野茂門 | Wikipedia |
永野 茂門(ながの しげと、1922年(大正11年)6月28日 - 2010年(平成22年)1月4日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。退官後は参議院議員(2期)を務めた。栄典は従三位勲二等旭日重光章。 | ||
6月28日生まれの人  1922年生まれの人 |
大分県立竹田高等学校の出身者
105 | 古庄幸一 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
古庄 幸一(ふるしょう こういち、1946年(昭和21年)5月13日 - )は、日本の元海上自衛官、第26代海上幕僚長。大分県出身。 | ||
大分県立竹田高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
5月13日生まれの人  1946年生まれの人 |
鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
106 | 宇都隆史 鹿児島市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
宇都 隆史(うと たかし、1974年11月12日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)。参議院外交防衛委員長。外務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)。元航空自衛官(最終階級:一等空尉 | ||
鹿児島県立鶴丸高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 鹿児島市の出身者 | ||
11月12日生まれの人  1974年生まれの人 | ||
107 | 山岡大二 海軍兵学校へ進学 | Wikipedia |
山岡 大二(やまおか だいじ、1913年(大正2年)11月6日 - 1991年(平成3年)11月1日)は東京都出身の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は、海軍少佐、海将補。 | ||
鹿児島県立鶴丸高等学校から海軍兵学校への進学者 全国の海軍兵学校の出身者 | ||
11月6日生まれの人  1913年生まれの人 |
鹿児島県立甲南高等学校の出身者
108 | 大小田八尋 北海学園大学へ進学 | Wikipedia |
大小田 八尋(おおこだ やひろ、1931年 - )は、鹿児島県出身の陸上自衛官、軍事評論家、安全保障アナリスト、ノンフィクション作家。八尋総研代表。鹿児島県立甲南高等学校、北海学園大学卒業。 | ||
鹿児島県立甲南高等学校から北海学園大学への進学者 全国の北海学園大学の出身者 | ||
1931年生まれの人 |
鹿児島県立鹿児島中央高等学校の出身者
109 | 番匠幸一郎 鹿児島市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
番匠幸一郎(ばんしょう こういちろう、1958年(昭和33年)1月 - )は、陸上自衛官。西部方面総監(35代)。鹿児島県鹿児島市出身。 | ||
鹿児島県立鹿児島中央高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 鹿児島市の出身者 | ||
1958年生まれの人 | ||
110 | 外薗健一朗 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
外薗 健一朗(ほかぞの けんいちろう、1951年(昭和26年)9月 - )は、日本の航空自衛官。第30代航空幕僚長。職種は要撃管制。鹿児島県出身。 | ||
鹿児島県立鹿児島中央高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
1951年生まれの人 |
鹿児島県立出水高等学校の出身者
111 | 竹原信一 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
竹原 信一(たけはら しんいち、1959年3月7日 - )は、日本の政治家、鹿児島県阿久根市議会議員(2期)。前阿久根市長(2期)。元航空自衛官(最終階級:二等空尉)。 | ||
鹿児島県立出水高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 | ||
3月7日生まれの人  1959年生まれの人 | ||
112 | 先崎一 出水市 防衛大学校へ進学 | Wikipedia |
先崎 一(まっさき はじめ、1944年(昭和19年)5月 - )は、日本の元陸上自衛官。第28代陸上幕僚長を経て統合幕僚会議議長(末代)に就任、2006年(平成18年)3月に発足した統合幕僚監部では初代統合幕僚長に就任した。退官後は日本地雷処理を支援する会の会長としてカンボジアなどでの地雷処理に取り組む。鹿児島県出水市高尾野町出身。 | ||
鹿児島県立出水高等学校から防衛大学校への進学者 全国の防衛大学校の出身者 出水市の出身者 | ||
1944年生まれの人 |
沖縄県立名護高等学校の出身者
113 | 我那覇真子 名護市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
我那覇 真子(がなは まさこ、1989年[3]8月10日 - )は、政治活動家、予備自衛官。「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員、日本文化チャンネル桜沖縄支局キャスター、元編集者。 沖縄県名護市出身。父は、琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会の運営委員の我那覇隆裕。「県政奪還! 世直し自分直し沖縄庶民の会の共同代表我那覇隆夫は隆裕の兄、真子の伯父。ソーキそばの元祖を名乗る丸隆そばの創業者であり、名護市議(1970-1986)を務めた我那覇隆光は、隆夫、隆裕の父。 自由民主党所属の元衆議院議員である嘉数知賢は、隆夫、隆裕と異父兄弟である。 | ||
沖縄県立名護高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 名護市の出身者 | ||
8月10日生まれの人  1989年生まれの人 |