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このサイトに登録されている出身高校別有名人の「詩人」という職業の有名人の数:367人
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北海道札幌北高等学校の出身者
1 | 中村和恵 新潟市 お茶の水女子大学へ進学 | Wikipedia |
中村 和恵(なかむら かずえ、1966年3月25日 - )は、比較文学者、英語圏文学者、詩人、エッセイスト。明治大学教授。ポストコロニアリズムの研究が専門。 | ||
北海道札幌北高等学校からお茶の水女子大学への進学者 全国のお茶の水女子大学の出身者 新潟市の出身者 | ||
3月25日生まれの人  1966年生まれの人 |
北海道札幌東高等学校の出身者
2 | 渡辺信二 札幌市 茨城大学へ進学 | Wikipedia |
渡辺 信二(わたなべ しんじ、1949年11月 - )は、日本のアメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学文学部教授。北海道札幌市出身。北海道札幌東高等学校、東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中途退学。専門はアメリカ詩。自らの詩集のほか、アメリカ詩集の翻訳も手がけている。現立教大学文学部長。 | ||
北海道札幌東高等学校から茨城大学への進学者 全国の茨城大学の出身者 札幌市の出身者 | ||
1949年生まれの人 | ||
3 | 佐藤和生 同志社大学へ進学 | Wikipedia |
佐藤和生(さとう かずお、1934年 - )は、北海道出身のフランス文学者、翻訳家、詩人。同志社大学名誉教授。北海道札幌東高等学校、北海道大学文学部卒業。京都大学仏文科博士課程修了。フランス文学の研究、翻訳を手がける傍ら、詩作も行い、2001年より詩集も発表している。 | ||
北海道札幌東高等学校から同志社大学への進学者 全国の同志社大学の出身者 | ||
1934年生まれの人 | ||
4 | 森みつ | Wikipedia |
森 みつ(もり みつ、1922年3月20日-1967年7月15日)は、日本の詩人。北海道札幌市出身。 | ||
3月20日生まれの人  1922年生まれの人 |
北海道小樽潮陵高等学校の出身者
5 | 河邨文一郎 小樽市 北海道大学へ進学 | Wikipedia |
河邨 文一郎(かわむら ぶんいちろう、1917年4月15日 - 2004年3月30日)は、日本の整形外科医、詩人。元札幌医科大学教授。 | ||
北海道小樽潮陵高等学校から北海道大学への進学者 全国の北海道大学の出身者 小樽市の出身者 | ||
4月15日生まれの人  1917年生まれの人 | ||
6 | 伊藤整 小樽市 一橋大学へ進学 | Wikipedia |
伊藤 整(いとう せい、1905年(明治38年)1月16日 - 1969年(昭和44年)11月15日)は、日本の小説家、詩人、文芸評論家、翻訳家。位階は正五位。勲等は勲三等。本名は伊藤 整(いとう ひとし)。日本芸術院会員。 | ||
北海道小樽潮陵高等学校から一橋大学への進学者 全国の一橋大学の出身者 小樽市の出身者 | ||
1月16日生まれの人  1905年生まれの人 |
北海道小樽桜陽高等学校の出身者
7 | 左川ちか 余市町 | Wikipedia |
左川ちか(さがわ・ちか、1911年2月14日-1936年1月7日)は昭和時代初期の日本の詩人。本名は川崎愛。名の「愛」は「ちか」と読むが、「あい」とも呼ばれていた。 | ||
余市町の出身者 | ||
2月14日生まれの人  1911年生まれの人 |
北海道旭川北高等学校の出身者
8 | 鍵谷幸信 旭川市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - 1989年1月16日)は、日本の英文学者、詩人、音楽評論家。 | ||
北海道旭川北高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 旭川市の出身者 | ||
7月26日生まれの人  1930年生まれの人 |
北海道留萌高等学校の出身者
9 | 新谷行 小平町 中央大学へ進学 | Wikipedia |
新谷 行(しんや ぎょう、1932年 - 1979年3月18日)昭和期の詩人、文芸評論家、歴史家。本名は新屋英行(あらや・ひでゆき)で、北海道の騎手・新屋幸吉は兄にあたる。妻は詩人の上杉浩子。 | ||
北海道留萌高等学校から中央大学への進学者 全国の中央大学の出身者 小平町の出身者 | ||
1932年生まれの人 |
北海道釧路東高等学校の出身者
10 | 桜木紫乃 釧路市 | Wikipedia |
桜木 紫乃(さくらぎ しの、1965年4月19日 - )は、日本の小説家、詩人。北海道釧路市生まれ。江別市在住。 | ||
釧路市の出身者 | ||
4月19日生まれの人  1965年生まれの人 |
北海道札幌旭丘高等学校の出身者
11 | 文月悠光 札幌市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
文月 悠光(ふづき ゆみ、1991年7月23日 - )は、日本の女性詩人で、北海道札幌市出生である。 | ||
北海道札幌旭丘高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 札幌市の出身者 | ||
7月23日生まれの人  1991年生まれの人 |
青森県立青森高等学校の出身者
12 | 鈴木ユリイカ 明治大学へ進学 | Wikipedia |
鈴木 ユリイカ(すずき ユリイカ、1941年10月30日 - )は、日本の詩人、翻訳家。岐阜県岐阜市出身。明治大学文学部仏文科卒業。本名、鈴木雅子。 | ||
青森県立青森高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
10月30日生まれの人  1941年生まれの人 | ||
13 | 高木彬光 青森市 京都大学へ進学 | Wikipedia |
高木 彬光(たかぎ あきみつ、1920年9月25日 - 1995年9月9日)は日本の推理小説作家。本名は高木 誠一。津軽方言詩人・医師の高木恭造の甥に当たる。 | ||
青森県立青森高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
9月25日生まれの人  1920年生まれの人 | ||
14 | 高木恭造 青森市 満州医科大学へ進学 | Wikipedia |
高木 恭造(たかぎ きょうぞう、1903年10月12日 - 1987年10月23日)は、日本の方言詩人(津軽弁)、医師。 | ||
青森県立青森高等学校から満州医科大学への進学者 全国の満州医科大学の出身者 青森市の出身者 | ||
10月12日生まれの人  1903年生まれの人 | ||
15 | 北畠八穂 青森市 | Wikipedia |
北畠 八穂(きたばたけ やお 1903年(明治36年)10月5日 - 1982年(昭和57年)3月18日)は青森県出身の作家、児童文学者、詩人。本名、北畠美代。 | ||
青森市の出身者 | ||
10月5日生まれの人  1903年生まれの人 | ||
16 | 福士幸次郎 弘前市 | Wikipedia |
福士幸次郎(ふくし こうじろう、1889年11月5日 - 1946年10月11日)は、日本の詩人。 | ||
弘前市の出身者 | ||
11月5日生まれの人  1889年生まれの人 |
青森県立弘前高等学校の出身者
17 | 福井次郎 | Wikipedia |
福井 次郎(ふくい じろう、1955年 - )は、日本の小説家、詩人、映画評論家。 趣味のユダヤ人研究、 映画、専門の世界史を結びつけた本を執筆している。2013年には自身初の小説も刊行した。 | ||
1955年生まれの人 | ||
18 | 獏不次男 | Wikipedia |
獏 不次男 (ばく ふじお、1934年4月14日 - 2011年12月19日)は、日本の小説家、詩人。本名は阿部次男。 | ||
4月14日生まれの人  1934年生まれの人 | ||
19 | 一戸謙三 弘前市 | Wikipedia |
一戸 謙三(いちのへ けんぞう、1899年 - 1979年 )は、日本の詩人。 | ||
弘前市の出身者 | ||
1899年生まれの人 |
20 | 秋田雨雀 黒石市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
秋田 雨雀(あきた うじゃく、1883年(明治16年)1月30日 - 1962年(昭和37年)5月12日)は、日本の劇作家・詩人・童話作家・小説家である。本名は徳三(とくぞう)。 | ||
青森県立弘前高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 黒石市の出身者 | ||
1月30日生まれの人  1883年生まれの人 |
青森県立弘前南高等学校の出身者
21 | 伊奈かっぺい 弘前市 青森短期大学へ進学 | Wikipedia |
伊奈 かっぺい(いな かっぺい、本名:佐藤 元伸〔さとう もとのぶ〕、1947年4月16日 - )は、日本のマルチタレントである(ラジオパーソナリティ、ラジオ・CMディレクター、詩人、イラストレーター、シンガーソングライターなど)。有限会社おふぃす・ぐう所属。 | ||
青森県立弘前南高等学校から青森短期大学への進学者 全国の青森短期大学の出身者 弘前市の出身者 | ||
4月16日生まれの人  1947年生まれの人 |
青森県立八戸商業高等学校の出身者
22 | 中寒二 | Wikipedia |
中 寒二(なか かんじ、1930年9月30日-2003年11月16日)は、日本の詩人。 | ||
9月30日生まれの人  1930年生まれの人 |
岩手県立水沢高等学校の出身者
23 | 小野寺悦子 盛岡市 | Wikipedia |
小野寺 悦子(おのでら えつこ、1942年 - )は、日本の詩人、童話作家。岩手県盛岡市出身、在住。 | ||
盛岡市の出身者 | ||
1942年生まれの人 |
岩手高等学校の出身者
24 | 村上昭夫 | Wikipedia |
村上 昭夫(むらかみ あきお、1927年1月5日 - 1968年10月11日)は、日本の詩人。 | ||
1月5日生まれの人  1927年生まれの人 |
江南義塾盛岡高等学校の出身者
25 | 石川啄木 | Wikipedia |
石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年(明治19年)2月20日 - 1912年(明治45年)4月13日)は、日本の歌人、詩人。本名は石川 一(いしかわ はじめ)。 | ||
2月20日生まれの人  1886年生まれの人 |
岩手県立盛岡第一高等学校の出身者
26 | 城戸朱理 明治大学へ進学 | Wikipedia |
城戸 朱理(きど しゅり、男性、1959年5月23日 - )は、日本の詩人。本名は「きどあけり」と読む。 | ||
岩手県立盛岡第一高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
5月23日生まれの人  1959年生まれの人 | ||
27 | 宮沢賢治 岩手大学へ進学 | Wikipedia |
宮沢 賢治(みやざわ けんじ、正字: 宮澤 賢治、1896年8月27日 - 1933年9月21日)は、日本の詩人、童話作家。 | ||
岩手県立盛岡第一高等学校から岩手大学への進学者 全国の岩手大学の出身者 | ||
8月27日生まれの人  1896年生まれの人 | ||
28 | 石川啄木 | Wikipedia |
石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年(明治19年)2月20日 - 1912年(明治45年)4月13日)は、日本の歌人、詩人。本名は石川 一(いしかわ はじめ)。 | ||
2月20日生まれの人  1886年生まれの人 |
宮城県石巻高等学校の出身者
29 | 辺見庸 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
辺見 庸(へんみ よう、1944年(昭和19年)9月27日 - 、本名:辺見 秀逸)は、日本の作家、ジャーナリスト、詩人。 | ||
宮城県石巻高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
9月27日生まれの人  1944年生まれの人 |
宮城県築館高等学校の出身者
30 | みなみらんぼう 法政大学へ進学 | Wikipedia |
みなみ らんぼう(本名:南 寛康(みなみ ひろやす)、1944年12月13日 - )は、日本のフォーク・シンガー、シンガーソングライター、俳優。「らんぼう」という芸名はフランスの詩人アルチュール・ランボーにあやかったものである。宮城県栗原郡志波姫町(現・栗原市)生まれ。 | ||
宮城県築館高等学校から法政大学への進学者 全国の法政大学の出身者 | ||
12月13日生まれの人  1944年生まれの人 | ||
31 | 白鳥省吾 栗原市 | Wikipedia |
白鳥 省吾(しろとり せいご、1890年2月27日 - 1973年8月27日)は、日本の詩人・文人。ヒット曲『星影のワルツ』で知られる、詩人で作詞家の白鳥園枝は二女。 | ||
栗原市の出身者 | ||
2月27日生まれの人  1890年生まれの人 |
仙台市立仙台工業高等学校の出身者
32 | 新国誠一 東北学院大学へ進学 | Wikipedia |
新国 誠一(にいくに せいいち、1925年12月7日 - 1977年8月23日)は、日本の詩人、画家。旧字体で新國誠一とも表記され、新国自身は晩年旧字体での表記にこだわっていたとされる。1960年代の国際的な前衛詩運動であるコンクリート・ポエトリーの運動に関わり、象形詩や視覚詩、音声詩などの実験的な作品を制作した。世界的には重要な詩人の一人として位置づけられており、日本やドイツの教科書などにも作品が掲載されている。 | ||
仙台市立仙台工業高等学校から東北学院大学への進学者 全国の東北学院大学の出身者 | ||
12月7日生まれの人  1925年生まれの人 |
東北学院高等学校の出身者
33 | 藤公之介 塩竈市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
藤 公之介(ふじ こうのすけ、本名:工藤 喜美夫〈くどう きみお〉、1941年5月17日 - )は、日本の作詞家、詩人、放送作家。 | ||
東北学院高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 塩竈市の出身者 | ||
5月17日生まれの人  1941年生まれの人 | ||
34 | 尾形亀之助 | Wikipedia |
尾形 亀之助(おがた かめのすけ、1900年12月12日 - 1942年12月2日)は、日本の詩人。宮城県柴田郡大河原町出身。東北学院普通部中退。 | ||
12月12日生まれの人  1900年生まれの人 |
秋田県立秋田中央高等学校の出身者
35 | 石川きんえつ | Wikipedia未登録 |
石川 謹悦詩人、著書に『総身 石川謹悦詩集 新鋭詩人叢書』世代社、1960年。『葉っぱがホッホ 児童詩の世界 子どもの近くにいる人たちへ』教育出版センター、1994年。『夜空のビー玉 童謡詩集』悠雲舎、2007年。 |
秋田県立横手高等学校の出身者
36 | 佐藤章 美郷町 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
佐藤 章(さとう あきら、1894年(明治27年)10月28日 - 1921年(大正10年)11月3日)は、大正時代に活躍した日本の民間パイロット。民間飛行家の草分け。章は飛行家になってからの雅号であり、本名は佐藤要蔵。死後、彼のよき理解者のひとりであった東京日日新聞の小野蕪子からは「飛行詩人」と称された。 | ||
秋田県立横手高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 美郷町の出身者 | ||
10月28日生まれの人  1894年生まれの人 |
山形県立山形東高等学校の出身者
37 | 三上ちさ子 山辺町 | Wikipedia |
三上 ちさこ(みかみ ちさこ、1974年8月14日 - )は、日本の歌手、詩人。かつて音楽バンドfra-foaのボーカルを務めていた(その頃は三上ちさ子表記)。山形県東村山郡山辺町出身、山形県立山形東高等学校、東北大学卒。 | ||
山辺町の出身者 | ||
8月14日生まれの人  1974年生まれの人 | ||
38 | 神保光太郎 京都大学へ進学 | Wikipedia |
神保 光太郎(じんぼ こうたろう、1905年11月29日 - 1990年10月24日)は、昭和期の詩人・ドイツ文学者。 | ||
山形県立山形東高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
11月29日生まれの人  1905年生まれの人 |
山形県立米沢興譲館高等学校の出身者
39 | 雲井龍雄 | Wikipedia |
雲井 龍雄(くもい たつお、天保15年3月25日(1844年5月12日) - 明治3年12月28日(1871年2月17日)は、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての志士、集議院議員。本名は小島守善(もりよし)、字は居貞、号は枕月または瑚海侠徒とも。壮志と悲調とロマンティシズムに溢れた詩人とも評されている。雲井龍雄という名は明治元年(1868年)頃から用いたもので、生まれが辰年辰月辰日から「龍雄」とし「龍が天に昇る」との気概をもってつけたといわれる。 | ||
5月12日生まれの人  1844年生まれの人 |
山形県立長井高等学校の出身者
40 | 芳賀秀次郎 白鷹町 山形大学へ進学 | Wikipedia |
芳賀 秀次郎(はが ひでじろう、1915年(大正4年)1月1日 - 1993年(平成5年)5月9日)は、日本の教育者。詩人。歌人。 | ||
山形県立長井高等学校から山形大学への進学者 全国の山形大学の出身者 白鷹町の出身者 | ||
1月1日生まれの人  1915年生まれの人 |
酒田南高等学校の出身者
41 | 山吹草太 | Wikipedia |
山吹 草太(やまぶき そうた、1964年2月9日 - )は、詩人、脚本家、演出家。山形県酒田市生まれ。酒田南高等学校卒。奈良県生駒市在住。 | ||
2月9日生まれの人  1964年生まれの人 |
福島県立橘高等学校の出身者
42 | 高村智恵子 日本女子大学へ進学 | Wikipedia |
高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月20日 - 1938年(昭和13年)10月5日、旧姓:長沼)は、日本の洋画家、紙絵作家。夫は彫刻家・詩人の高村光太郎。夫の光太郎が彼女の死後に出版した詩集『智恵子抄』でも知られる。 | ||
福島県立橘高等学校から日本女子大学への進学者 全国の日本女子大学の出身者 | ||
5月20日生まれの人  1886年生まれの人 |
福島県立福島商業高等学校の出身者
43 | 野村俊夫 | Wikipedia |
野村 俊夫(のむら としお、 1904年11月21日 - 1966年10月27日)は、作詞家(詩人)。福島県福島市出身。本名は鈴木喜八。 | ||
11月21日生まれの人  1904年生まれの人 |
福島県立磐城高等学校の出身者
44 | 安住敦 | Wikipedia |
安住 敦(あずみ あつし、1907年7月1日 - 1988年7月8日)は、俳人、随筆家。前号・安住あつし。多くの人から絶大な人気を誇った。そして今もなお愛され続けている。 | ||
7月1日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
45 | 草野心平 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
草野心平(くさの しんぺい、1903年(明治36年)5月12日 - 1988年(昭和63年)11月12日)は日本の詩人。福島県石城郡上小川村(現・いわき市小川町)出身。 | ||
福島県立磐城高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
5月12日生まれの人  1903年生まれの人 |
福島県立原町高等学校の出身者
46 | 若松央樹 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
若松 央樹(わかまつ ひろき、1968年11月21日 - )は、フジテレビ編成制作局ドラマ制作センター所属のドラマプロデューサー。福島県南相馬市出身。福島県立原町高等学校を経て、早稲田大学社会科学部卒業。父は『福島原発難民』などの著書がある詩人の若松丈太郎。 | ||
福島県立原町高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
11月21日生まれの人  1968年生まれの人 |
学校法人石川高等学校の出身者
47 | 大滝清雄 矢吹町 日本大学へ進学 | Wikipedia |
大滝清雄(おおたき きよお、1914年5月20日-1998年9月16日)は、日本の詩人。 | ||
学校法人石川高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
5月20日生まれの人  1914年生まれの人 |
福島県立福島高等学校の出身者
48 | 和合亮一 福島大学へ進学 | Wikipedia |
和合 亮一(わごう りょういち、1968年8月18日 - )は、日本の詩人、ラジオパーソナリティ、高校教員。福島県福島市出身。福島市生まれ、福島市育ち(小学校から中学にかけ郡山に3年間)。福島市在住。既婚、1男あり。 | ||
福島県立福島高等学校から福島大学への進学者 全国の福島大学の出身者 | ||
8月18日生まれの人  1968年生まれの人 | ||
49 | 長田弘 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)は、日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家。 | ||
福島県立福島高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
11月10日生まれの人  1939年生まれの人 |
茨城県立土浦第二高等学校の出身者
50 | 峯澤典子 | Wikipedia未登録 |
詩人 |
茨城県立結城第二高等学校の出身者
51 | 多田富雄 結城市 千葉大学へ進学 | Wikipedia |
多田 富雄(ただ とみお、1934年3月31日 - 2010年4月21日)は、日本の免疫学者、文筆家である。東京大学名誉教授。妻の多田式江は医師。大叔父に詩人多田不二がいる。 | ||
茨城県立結城第二高等学校から千葉大学への進学者 全国の千葉大学の出身者 結城市の出身者 | ||
3月31日生まれの人  1934年生まれの人 | ||
52 | 新川和江 結城市 | Wikipedia |
新川 和江(しんかわ かずえ、1929年4月22日 - )は、日本の詩人。 | ||
結城市の出身者 | ||
4月22日生まれの人  1929年生まれの人 |
茨城県立太田第一高等学校の出身者
53 | 神泉薫 玉川大学へ進学 | Wikipedia |
神泉 薫(しんせん かおる、1971年12月10日 - )は、日本の詩人。茨城県常陸太田市生まれ。神奈川県在住。玉川大学文学部英米文学科卒業。日本文藝家協会会員。 | ||
茨城県立太田第一高等学校から玉川大学への進学者 全国の玉川大学の出身者 | ||
12月10日生まれの人  1971年生まれの人 |
栃木県立足利高等学校の出身者
54 | 相田みつを 足利市 | Wikipedia |
相田 みつを(あいだ みつを、本名:相田 光男、雅号:貪不安(ドンフアン)、1924年5月20日 - 1991年12月17日)は、日本の詩人・書家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。書の詩人、いのちの詩人とも称される。 | ||
足利市の出身者 | ||
5月20日生まれの人  1924年生まれの人 |
國學院大學栃木高等学校の出身者
55 | 星善博 日光市 國學院大學へ進学 | Wikipedia |
星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、栃木県今市市(現・日光市)生まれの詩人。詩作のほか朗読活動も行っている。日本人の出自の原点を模索する詩を書き続けている。現在は埼玉県越谷市在住。日本ペンクラブ、日本詩人クラブ、日本現代詩人会、日本文藝家協会、埼玉詩人会会員、詩誌「ここから」同人。 | ||
國學院大學栃木高等学校から國學院大學への進学者 全国の國學院大學の出身者 日光市の出身者 | ||
1月28日生まれの人  1958年生まれの人 |
群馬県立高崎高等学校の出身者
56 | 山田かまち 高崎市 | Wikipedia |
山田 かまち(やまだ かまち、1960年7月21日 - 1977年8月10日)は、17歳で夭折した人物。死後に遺作となった詩や絵画が発見され、それらを収めた『悩みはイバラのようにふりそそぐ : 山田かまち詩画集』(1992年)がきっかけで世に広く知られるようになった。群馬県高崎市出身。 | ||
高崎市の出身者 | ||
7月21日生まれの人  1960年生まれの人 |
群馬県立高崎女子高等学校の出身者
57 | 金井美恵子 高崎市 | Wikipedia |
金井 美恵子(かない みえこ、1947年11月3日 - )は日本の小説家・エッセイスト・映画/文藝評論家。活動初期は小説と並行して現代詩の創作も行っていた。 | ||
高崎市の出身者 | ||
11月3日生まれの人  1947年生まれの人 |
群馬県立桐生高等学校の出身者
58 | 星野富弘 みどり市 群馬大学へ進学 | Wikipedia |
星野 富弘(ほしの とみひろ、1946年4月24日 - )は、日本の詩人・画家。現在も詩画や随筆の創作を続けており、また国内外で「花の詩画展」が開かれている。 | ||
群馬県立桐生高等学校から群馬大学への進学者 全国の群馬大学の出身者 みどり市の出身者 | ||
4月24日生まれの人  1946年生まれの人 |
群馬県立太田高等学校の出身者
59 | 笹沢美明 | Wikipedia |
笹沢 美明(ささざわ よしあき 1898年2月6日 - 1984年3月29日)は日本の詩人。 | ||
2月6日生まれの人  1898年生まれの人 |
群馬県立沼田高等学校の出身者
60 | おのちゅうこう 群馬大学へ進学 | Wikipedia |
おの ちゅうこう(1908年2月2日 - 1990年6月25日)は、日本の児童文学作家、詩人。 | ||
群馬県立沼田高等学校から群馬大学への進学者 全国の群馬大学の出身者 | ||
2月2日生まれの人  1908年生まれの人 |
群馬県立館林高等学校の出身者
61 | 飯田善國 足利市 東京藝術大学へ進学 | Wikipedia |
飯田 善国(いいだ よしくに、1923年7月10日 - 2006年4月19日)は、日本の彫刻家、現代美術家、詩人。 | ||
群馬県立館林高等学校から東京藝術大学への進学者 全国の東京藝術大学の出身者 足利市の出身者 | ||
7月10日生まれの人  1923年生まれの人 |
群馬県立渋川女子高等学校の出身者
62 | 阿部富美子 日本女子大学へ進学 | Wikipedia |
阿部富美子(あべ ふみこ、1912年1月4日 - )は、日本の詩人。群馬県生まれ。 | ||
群馬県立渋川女子高等学校から日本女子大学への進学者 全国の日本女子大学の出身者 | ||
1月4日生まれの人  1912年生まれの人 |
埼玉県立浦和高等学校の出身者
63 | 川崎昌平 | Wikipedia |
川崎 昌平(かわさき しょうへい、1981年 - )は、日本の作家、詩人、アーティスト。出版社勤務の編集者でもある。埼玉県出身。 | ||
1981年生まれの人 |
埼玉県立熊谷農業高等学校の出身者
64 | 石井博 埼玉大学へ進学 | Wikipedia |
石井 博(いしい ひろし、1931年 - )は、日本の言語学者、英文学者、詩人。早稲田大学名誉教授。 | ||
埼玉県立熊谷農業高等学校から埼玉大学への進学者 全国の埼玉大学の出身者 | ||
1931年生まれの人 |
埼玉県立不動岡高等学校の出身者
65 | 宮澤章二 東京大学へ進学 | Wikipedia |
宮澤 章二(みやざわ しょうじ、1919年6月11日 - 2005年3月11日)は、日本の詩人・作詞家。 | ||
埼玉県立不動岡高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
6月11日生まれの人  1919年生まれの人 |
埼玉県立春日部高等学校の出身者
66 | 豊田三郎 草加市(旧・南埼玉郡川柳村) 東京大学へ進学 | Wikipedia |
豊田 三郎(とよだ さぶろう、1907年(明治40年)2月12日 - 1959年(昭和34年)11月18日)は、日本の小説家。本姓は森村。妻は歌人の森村浅香、作家の森村桂は長女。 | ||
埼玉県立春日部高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 草加市(旧・南埼玉郡川柳村)の出身者 | ||
2月12日生まれの人  1907年生まれの人 |
春日部共栄高等学校の出身者
67 | 星善博 日光市 國學院大學へ進学 | Wikipedia |
星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、栃木県今市市(現・日光市)生まれの詩人。詩作のほか朗読活動も行っている。日本人の出自の原点を模索する詩を書き続けている。現在は埼玉県越谷市在住。日本ペンクラブ、日本詩人クラブ、日本現代詩人会、日本文藝家協会、埼玉詩人会会員、詩誌「ここから」同人。 | ||
春日部共栄高等学校から國學院大學への進学者 全国の國學院大學の出身者 日光市の出身者 | ||
1月28日生まれの人  1958年生まれの人 |
千葉県立千葉高等学校の出身者
68 | 天沢退二郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 - )は、日本の詩人、仏文学者、児童文学作家、翻訳家。宮沢賢治研究者。東京大学文学部仏文科卒業。明治学院大学文学部フランス文学科名誉教授。 | ||
千葉県立千葉高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
7月31日生まれの人  1936年生まれの人 |
千葉県立匝瑳高等学校の出身者
69 | 高橋順子 東京大学へ進学 | Wikipedia |
高橋 順子(たかはし じゅんこ、1944年8月28日 - )は、日本の詩人。「歴程」同人。本姓は車谷。俳号は泣魚(きゅうぎょ)。 | ||
千葉県立匝瑳高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
8月28日生まれの人  1944年生まれの人 |
千葉県立東葛飾高等学校の出身者
70 | 覚和歌子 山梨市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
覚 和歌子(かく わかこ、1961年9月1日 - )は、日本の作詞家、詩人。山梨県出身。早稲田大学第一文学部卒業。夫は落語家の入船亭扇辰。 | ||
千葉県立東葛飾高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 山梨市の出身者 | ||
9月1日生まれの人  1961年生まれの人 | ||
71 | 八木重吉 横浜国立大学へ進学 | Wikipedia |
八木 重吉(やぎ じゅうきち、1898年2月9日 - 1927年10月26日)は、日本の詩人、英語科教師。戦後にクリスチャン詩人としての評価が高まった。 | ||
千葉県立東葛飾高等学校から横浜国立大学への進学者 全国の横浜国立大学の出身者 | ||
2月9日生まれの人  1898年生まれの人 |
市川高等学校の出身者
72 | 百瀬博教 立教大学へ進学 | Wikipedia |
百瀬 博教(ももせ ひろみち、1940年2月20日 - 2008年1月27日)は、作家、詩人、格闘技プロデューサー。日本スノードーム協会事務局長。血液型AB型。総合格闘技イベントPRIDEとの関わりから、「PRIDEの怪人」の異名を持っていた。 | ||
市川高等学校から立教大学への進学者 全国の立教大学の出身者 | ||
2月20日生まれの人  1940年生まれの人 |
東海大学付属浦安高等学校の出身者
73 | 平野威馬雄 横浜市 上智大学へ進学 | Wikipedia |
平野 威馬雄(ひらの いまお、1900年(明治33年)5月5日 - 1986年(昭和61年)11月11日)は、横浜市出身の詩人・フランス文学者。同人誌「青宋」主宰。日本詩人クラブ創設会員。大杉栄との交流の縁から、平野の父とも個人的に交友関係のあったジャン・アンリ・ファーブル関係の著作の翻訳をいくつか手がけたことでも知られている。松戸 淳(まつど じゅん)という変名で好色文学の翻訳も手がけた。2度の結婚で9人の子を持つ。 | ||
東海大学付属浦安高等学校から上智大学への進学者 全国の上智大学の出身者 横浜市の出身者 | ||
5月5日生まれの人  1900年生まれの人 |
筑波大学附属高等学校の出身者
74 | 野村萬斎 東京藝術大学へ進学 | Wikipedia |
二世野村 萬斎(のむら まんさい、本名・野村 武司〈のむら たけし〉、1966年(昭和41年)4月5日 - )は、狂言方和泉流の能楽師、俳優。能楽狂言方和泉流野村万蔵家の名跡である。二世野村万作と詩人阪本若葉子の長男として生まれる。野村裕基は萬斎の長男。 | ||
筑波大学附属高等学校から東京藝術大学への進学者 全国の東京藝術大学の出身者 | ||
4月5日生まれの人  1966年生まれの人 | ||
75 | 渡辺武信 横浜市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
渡辺武信(わたなべ たけのぶ、1938年1月10日 - )は、日本の詩人・建築家・映画評論家。 | ||
筑波大学附属高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 横浜市の出身者 | ||
1月10日生まれの人  1938年生まれの人 | ||
76 | 中井英夫 東京大学へ進学 | Wikipedia |
中井 英夫(なかい ひでお、本名同じ、1922年(大正11年)9月17日 - 1993年(平成5年)12月10日)は、日本の短歌編集者、小説家、詩人。三大奇書とされる代表作の『虚無への供物』の作者として著名であるが、ノヴェレット主体のマニエリスティクな推理小説・幻想文学において知られている。別名に塔 晶夫(とう あきお)、碧川 潭(みどりかわ ふかし)、黒鳥館主人、流薔園園丁、月蝕領主、ハネギウス一世。 | ||
筑波大学附属高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
9月17日生まれの人  1922年生まれの人 | ||
77 | 小林愛雄 東京大学へ進学 | Wikipedia |
小林 愛雄(こばやし あいゆう、本名読み-ちかお、1881年11月30日 - 1945年10月1日)は、日本の詩人、作詞家、翻訳家である。日本で初めてオペラの創立に尽力したことで知られる。元早稲田実業学校校長。 | ||
筑波大学附属高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
11月30日生まれの人  1881年生まれの人 |
筑波大学附属駒場高等学校の出身者
78 | 田中庸介 | Wikipedia未登録 |
東大大学院医学系研究科助手(細胞生物学)、詩人 |
東京都立日比谷高等学校の出身者
79 | 田中章義 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
田中 章義(たなか あきよし、1970年4月19日 - )は、日本の歌人・作家。静岡県静岡市出身・在住。慶應義塾大学総合政策学部卒業。所属事務所は三桂[3]。 | ||
東京都立日比谷高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
4月19日生まれの人  1970年生まれの人 |
80 | 金澤一志 | Wikipedia |
金澤 一志(かなざわ ひとし、1959年 - )は、東京都生まれの評論家、エッセイスト、詩人。1978年東京都立日比谷高等学校卒を経て早稲田大学卒。1980年代から書店に勤務しながらライターとして活動し、美術・写真・デザイン評論、書評、詩歌評論を発表している。 | ||
1959年生まれの人 | ||
81 | 山尾三省 | Wikipedia |
山尾 三省(やまお さんせい、1938年10月11日 - 2001年8月28日)は日本の詩人。東京市神田区神田松住町(現・東京都千代田区外神田)生まれ。 | ||
10月11日生まれの人  1938年生まれの人 | ||
82 | 安藤元雄 東京大学へ進学 | Wikipedia |
安藤 元雄(あんどう もとお、1934年3月15日 - )は、日本の詩人、フランス文学者。明治大学名誉教授。 | ||
東京都立日比谷高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月15日生まれの人  1934年生まれの人 | ||
83 | 大宅歩 | Wikipedia |
大宅 歩(おおや あゆむ、男性、1932年 - 1966年)は、日本の詩人。評論家、大宅壮一の長男。 | ||
1932年生まれの人 | ||
84 | 矢内原伊作 京都大学へ進学 | Wikipedia |
矢内原 伊作(やないはら・いさく、1918年5月2日 - 1989年8月16日)は、日本の哲学者、評論家。 | ||
東京都立日比谷高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
5月2日生まれの人  1918年生まれの人 | ||
85 | 高見順 東京大学へ進学 | Wikipedia |
高見 順(たかみ じゅん、本名・高間芳雄、1907年1月30日 - 1965年8月17日)は、日本の小説家、詩人。 | ||
東京都立日比谷高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
1月30日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
86 | 飯島正 東京大学へ進学 | Wikipedia |
飯島 正(いいじま ただし、1902年3月5日 - 1996年1月5日)は、日本の映画評論家・詩人。旧姓:吉田。 | ||
東京都立日比谷高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月5日生まれの人  1902年生まれの人 | ||
87 | 浅野晃 | Wikipedia |
浅野 晃(あさの あきら、1901年8月15日 - 1990年1月29日)は、日本の詩人、国文学者。立正大学文学部元教授(立正大学名誉教授)。石川県出身。 | ||
8月15日生まれの人  1901年生まれの人 | ||
88 | 富永太郎 | Wikipedia |
富永 太郎(とみなが たろう、1901年(明治34年)5月4日 - 1925年(大正14年)11月12日)は、日本の詩人、画家、翻訳家である。 | ||
5月4日生まれの人  1901年生まれの人 | ||
89 | 大鹿卓 | Wikipedia |
大鹿 卓(おおしか たく、1898年8月25日 - 1959年2月1日)は、日本の小説家、詩人。 | ||
8月25日生まれの人  1898年生まれの人 | ||
90 | 崔南善 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
崔南善(チェ・ナムソン、1890年4月26日 - 1957年10月10日)は朝鮮の詩人、ジャーナリスト、歴史家である。号は六堂(ユクタン)。本貫は東州崔氏。 | ||
東京都立日比谷高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
4月26日生まれの人  1890年生まれの人 | ||
91 | 横山白虹 | Wikipedia |
横山 白虹(よこやま はっこう、1889年(明治22年)11月8日 - 1983年(昭和58年)11月18日)は、俳人、医師。本名は健夫(たけお)。 本籍地は山口県大津郡深川町(現・長門市)。 | ||
11月8日生まれの人  1889年生まれの人 | ||
92 | 小牧健夫 | Wikipedia |
小牧 健夫(こまき たけお、1882年11月29日 - 1960年7月15日)は、日本の独文学者、詩人。別名・小牧暮潮、初号・小牧楚水。 | ||
11月29日生まれの人  1882年生まれの人 | ||
93 | 太田圓三 東京大学へ進学 | Wikipedia |
太田 圓三 (おおた えんぞう、太田円三、1881年(明治14年)3月10日 - 1926年(大正15年)3月21日)は明治・大正期の土木技術者・鉄道技師。詩人・木下杢太郎の実兄。動物学者である太田嘉四夫の叔父。 | ||
東京都立日比谷高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月10日生まれの人  1881年生まれの人 | ||
94 | 尾上柴舟 津山市 二松學舍大学へ進学 | Wikipedia |
尾上 柴舟(おのえ さいしゅう/しばふね 1876年(明治9年)8月20日 - 1957年(昭和32年)1月13日)は、日本の詩人、歌人、書家、国文学者。 | ||
東京都立日比谷高等学校から二松學舍大学への進学者 全国の二松學舍大学の出身者 津山市の出身者 | ||
8月20日生まれの人  1876年生まれの人 | ||
95 | 蒲原有明 | Wikipedia |
蒲原 有明(かんばら ありあけ、1875年(明治8年)3月15日 - 1952年(昭和27年)2月3日)は、日本の詩人。本名、隼雄(はやお)。東京生れ。 | ||
3月15日生まれの人  1875年生まれの人 | ||
96 | 武島羽衣 | Wikipedia |
武島 羽衣(たけしま はごろも、明治5年11月3日(1872年12月3日) - 昭和42年(1967年)2月3日)は日本の詩人、国文学者、作詞家。宮内省御歌所寄人。本名・武島 又次郎。 | ||
11月3日生まれの人  1872年生まれの人 | ||
97 | 山田美妙 東京大学へ進学 | Wikipedia |
山田 美妙(やまだ びみょう、1868年8月25日(慶応4年7月8日) - 1910年(明治43年)10月24日)は、日本の小説家・詩人・評論家。言文一致体および新体詩運動の先駆者として知られる。二世曲亭主人、美妙斎、美妙子、樵耕蛙船、飛影などの号も用いた。 | ||
東京都立日比谷高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
8月25日生まれの人  1868年生まれの人 |
東京都立戸山高等学校の出身者
98 | 小山正孝 | Wikipedia |
小山 正孝(おやま まさたか、1916年〈大正5年〉6月29日 - 2002年〈平成14年〉11月13日)は日本の詩人。中国文学者。「四季」「山の樹」「文学館」同人。関東短期大学教授。丸山薫賞受賞。 | ||
6月29日生まれの人  1916年生まれの人 | ||
99 | 中勘助 神田 東京大学へ進学 | Wikipedia |
中 勘助(なか かんすけ、1885年(明治18年)5月22日 - 1965年(昭和40年)5月3日)は東京出身の作家・詩人である。 | ||
東京都立戸山高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 神田の出身者 | ||
5月22日生まれの人  1885年生まれの人 |
東京都立新宿高等学校の出身者
100 | 西条八束 | Wikipedia |
西條 八束(さいじょう やつか、1924年11月19日 - 2007年10月9日)は日本の陸水学者。名古屋大学名誉教授。日本自然保護協会参与、日本陸水学会会長などを務めた。詩人、作詞家の西條八十は実父。童話作家の三井ふたばこは実姉。 | ||
11月19日生まれの人  1924年生まれの人 |
東京都立小石川高等学校の出身者
101 | 中村稔 | Wikipedia |
中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、詩人、弁護士・弁理士、評論家。日本芸術院会員、日本近代文学館名誉館長。 | ||
1月17日生まれの人  1927年生まれの人 |
東京都立竹早高等学校の出身者
102 | 伊藤比呂美 | Wikipedia |
伊藤 比呂美(いとう ひろみ、1955年9月13日 - )は、日本の詩人。東京都板橋区出身[1]。東京都立竹早高等学校、青山学院大学文学部日本文学科卒業。ポーランド文学者の西成彦は元夫。[2] | ||
9月13日生まれの人  1955年生まれの人 |
東京都立両国高等学校の出身者
103 | 沢知恵 | Wikipedia |
沢 知恵(さわ ともえ、1971年2月14日 - )は、神奈川県出身のシンガーソングライター。ピアノ弾き語り歌手。韓国の詩人である金素雲(キム・ソウン)は母方の祖父。 | ||
2月14日生まれの人  1971年生まれの人 | ||
104 | 小池昌代 津田塾大学へ進学 | Wikipedia |
小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は、日本の詩人、小説家。 | ||
東京都立両国高等学校から津田塾大学への進学者 全国の津田塾大学の出身者 | ||
7月17日生まれの人  1959年生まれの人 | ||
105 | 立原道造 東京大学へ進学 | Wikipedia |
立原 道造(たちはら みちぞう、1914年(大正3年)7月30日 - 1939年(昭和14年)3月29日)は、昭和初期に活動し24歳で急逝した詩人。また建築家としても足跡を残している。父は立原貞次郎(婿養子)、母は立原登免(通称 光子)。次男として生まれる。先祖には立原翠軒、立原杏所などがいる。学歴は東京帝国大学工学部建築学科卒業。学位(当時は称号)は工学士(東京帝国大学)。戒名は温恭院紫雲道範清信士。墓は東京都谷中の多宝院。賞歴は、辰野賞3年連続受賞、中原中也賞受賞。 | ||
東京都立両国高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
7月30日生まれの人  1914年生まれの人 |
東京都立墨田川高等学校の出身者
106 | 辻征夫 明治大学へ進学 | Wikipedia |
辻 征夫(つじ ゆきお、1939年 - 2000年)は詩人。東京都出身。東京都立墨田川高等学校を経て明治大学文学部卒業。俳号は貨物船。 | ||
東京都立墨田川高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
1939年生まれの人 |
東京都立第三商業高等学校の出身者
107 | 加島祥造 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
加島 祥造(かじま しょうぞう、1923年1月12日 - 2015年12月25日)は、日本の詩人、アメリカ文学研究者、翻訳家、随筆家、タオイスト、墨彩画家。詩作のみならず、アメリカ文学の翻訳にて名声を得た後、壮年期より漢詩を経て老荘思想に大きな影響を受け、文筆のみならず絵画なども含めた幅広い創作活動や執筆活動を通して、西洋と東洋の双方を見渡す位置からタオイストとしての一貫した姿勢を私生活でも死去するまで徹底した。 | ||
東京都立第三商業高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
1月12日生まれの人  1923年生まれの人 | ||
108 | 田村隆一 明治大学へ進学 | Wikipedia |
田村 隆一(たむら りゅういち、1923年(大正12年)3月18日 - 1998年(平成10年)8月26日)は、日本の詩人、随筆家、翻訳家。詩誌『荒地』の創設に参加し、戦後詩に大きな影響を与えた。 | ||
東京都立第三商業高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
3月18日生まれの人  1923年生まれの人 | ||
109 | 北村太郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
北村太郎(きたむら たろう、1922年11月17日 - 1992年10月26日)は、日本の詩人、翻訳家。本名・松村文雄。 | ||
東京都立第三商業高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
11月17日生まれの人  1922年生まれの人 |
東京都立小山台高等学校の出身者
110 | 平井照敏 東京大学へ進学 | Wikipedia |
平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月31日 - 2003年(平成15年)9月13日)は、俳人、フランス文学者。本名・てるとし。東京都生まれ。1954年(昭和29年)東京大学文学部仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化修士課程入学。1959年(昭和34年)詩集『エヴァの家族』を刊行、詩人として活動を始め、またフランス詩の研究も行う。青山学院短期大学に勤務しのち教授。 | ||
東京都立小山台高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月31日生まれの人  1931年生まれの人 |
東京都立大森高等学校の出身者
111 | 森常治 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
森 常治(もり じょうじ、1931年4月17日 - 2015年2月23日 )は、日本の英文学者、詩人。早稲田大学理工学部名誉教授。 | ||
東京都立大森高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
4月17日生まれの人  1931年生まれの人 |
東京都立富士高等学校の出身者
112 | 池澤夏樹 帯広市 埼玉大学へ進学 | Wikipedia |
池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家、詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。 | ||
東京都立富士高等学校から埼玉大学への進学者 全国の埼玉大学の出身者 帯広市の出身者 | ||
7月7日生まれの人  1945年生まれの人 | ||
113 | 三井ふたばこ | Wikipedia |
三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年5月3日 ‐ 1990年10月29日)は、日本の童話作家、詩人、随筆家。本名・嫩子。 | ||
5月3日生まれの人  1918年生まれの人 | ||
114 | 清水たみ子 | Wikipedia |
清水 たみ子(しみず たみこ、1915年3月6日 - )は、日本の児童文学作家、詩人。埼玉県生まれ。東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒。北原白秋の指導を受け、「赤い鳥」に児童自由詩や童謡を投稿する。1991年「清水たみ子詩集 かたつむりの詩」で第21回赤い鳥文学賞受賞。日本児童文学者協会、日本童謡協会会員。 | ||
3月6日生まれの人  1915年生まれの人 |
東京都立西高等学校の出身者
115 | 入沢康夫 松江市 | Wikipedia |
入沢 康夫(いりさわ やすお、1931年11月3日 - )は日本の詩人。フランス文学者。日本芸術院会員。 | ||
松江市の出身者 | ||
11月3日生まれの人  1931年生まれの人 | ||
116 | 堤清二 東京大学へ進学 | Wikipedia |
堤 清二(つつみ せいじ、1927年3月30日 - 2013年11月25日)は、日本の実業家、小説家、詩人。学位は博士(経済学)(中央大学・1996年)。筆名は辻井 喬(つじい たかし)。日本芸術院会員、財団法人セゾン文化財団理事長、社団法人日本文藝家協会副理事長、社団法人日本ペンクラブ理事、『歴程』同人、憲法再生フォーラム共同代表、日本中国文化交流協会会長。西武流通グループ代表、セゾングループ代表などを歴任した。異母弟は元西武鉄道会長の堤義明。 | ||
東京都立西高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月30日生まれの人  1927年生まれの人 |
東京都立豊多摩高等学校の出身者
117 | 谷川俊太郎 杉並区 | Wikipedia |
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年12月15日 - )は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。東京府出身。現在の東京都立豊多摩高等学校を卒業。 | ||
杉並区の出身者 | ||
12月15日生まれの人  1931年生まれの人 |
東京都立豊島高等学校の出身者
118 | 石川逸子 お茶の水女子大学へ進学 | Wikipedia |
石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は昭和後期から平成時代の日本の詩人。 | ||
東京都立豊島高等学校からお茶の水女子大学への進学者 全国のお茶の水女子大学の出身者 | ||
2月18日生まれの人  1933年生まれの人 | ||
119 | 吉原幸子 東京大学へ進学 | Wikipedia |
吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 2002年11月28日)は、日本の詩人。 | ||
東京都立豊島高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
6月28日生まれの人  1932年生まれの人 |
東京都立大泉高等学校の出身者
120 | 森雪之丞 上智大学へ進学 | Wikipedia |
森 雪之丞(もり ゆきのじょう、本名:森 正和、1954年1月14日 - )は、日本の詩人、作詞家、作曲家。所属事務所はアミューズ。血液型はA型。ペンネームとしてJoe Lemonを名乗る場合もある。弟はバンド「ピカソ」のメンバーで作・編曲家の森英治。 | ||
東京都立大泉高等学校から上智大学への進学者 全国の上智大学の出身者 | ||
1月14日生まれの人  1954年生まれの人 |
東京都立立川高等学校の出身者
121 | 多和田葉子 芥川賞 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
多和田 葉子(たわだ ようこ、1960年3月23日 - )は、日本の小説家、詩人、都留文科大学特任教授。 | ||
東京都立立川高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
3月23日生まれの人  1960年生まれの人 | ||
122 | 吉増剛造 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
吉増 剛造(よします ごうぞう、1939年(昭和14年)2月22日 - )は、日本の詩人、日本藝術院会員。東京出身。 | ||
東京都立立川高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
2月22日生まれの人  1939年生まれの人 | ||
123 | 清水哲男 京都大学へ進学 | Wikipedia |
清水 哲男(しみず てつお、1938年2月15日 - )は日本の詩人。東京都出身。花火研究者の清水武夫は父、詩人清水昶は弟。 | ||
東京都立立川高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
2月15日生まれの人  1938年生まれの人 | ||
124 | 村野四郎 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
村野 四郎(むらの しろう、1901年(明治34年)10月7日 - 1975年(昭和50年)3月2日)は、日本の詩人。 | ||
東京都立立川高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
10月7日生まれの人  1901年生まれの人 |
暁星高等学校の出身者
125 | 串田孫一 東京大学へ進学 | Wikipedia |
串田 孫一(くしだ まごいち、1915年11月12日 - 2005年7月8日)は、日本の詩人、哲学者、随筆家。 | ||
暁星高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
11月12日生まれの人  1915年生まれの人 | ||
126 | 平野威馬雄 横浜市 上智大学へ進学 | Wikipedia |
平野 威馬雄(ひらの いまお、1900年(明治33年)5月5日 - 1986年(昭和61年)11月11日)は、横浜市出身の詩人・フランス文学者。同人誌「青宋」主宰。日本詩人クラブ創設会員。大杉栄との交流の縁から、平野の父とも個人的に交友関係のあったジャン・アンリ・ファーブル関係の著作の翻訳をいくつか手がけたことでも知られている。松戸 淳(まつど じゅん)という変名で好色文学の翻訳も手がけた。2度の結婚で9人の子を持つ。 | ||
暁星高等学校から上智大学への進学者 全国の上智大学の出身者 横浜市の出身者 | ||
5月5日生まれの人  1900年生まれの人 | ||
127 | 金子光晴 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
金子 光晴(かねこ みつはる、1895年(明治28年)12月25日 - 1975年(昭和50年)6月30日)は、愛知県海東郡越治村(現津島市)生まれの詩人。本名は安和。弟に詩人で小説家の大鹿卓がいる。妻も詩人の森三千代、息子に翻訳家の森乾。 | ||
暁星高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
12月25日生まれの人  1895年生まれの人 |
女子学院高等学校の出身者
128 | 吉行理恵 芥川賞 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
吉行 理恵(よしゆき りえ、本名:吉行→辻→吉行理恵子、1939年7月8日 - 2006年5月4日)は、日本の小説家・詩人。 | ||
女子学院高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 芥川賞の出身者 | ||
7月8日生まれの人  1939年生まれの人 |
芝高等学校の出身者
129 | 阪本越郎 東京帝国大学へ進学 | Wikipedia |
阪本 越郎(さかもと えつろう、1906年(明治39年)1月21日 - 1969年(昭和44年)6月10日)は、日本の詩人・ドイツ文学者。 | ||
芝高等学校から東京帝国大学への進学者 全国の東京帝国大学の出身者 | ||
1月21日生まれの人  1906年生まれの人 |
明治学院高等学校の出身者
130 | 島崎藤村 中津川市 明治学院大学へ進学 | Wikipedia |
島崎 藤村(しまざき とうそん、1872年3月25日(明治5年2月17日)- 1943年(昭和18年)8月22日)は、日本の詩人、小説家。本名は島崎 春樹(しまざき はるき)。信州木曾の中山道馬籠(現在の岐阜県中津川市馬籠)生まれ。 | ||
明治学院高等学校から明治学院大学への進学者 全国の明治学院大学の出身者 中津川市の出身者 | ||
3月25日生まれの人  1872年生まれの人 | ||
131 | 馬場孤蝶 渋谷区 明治学院大学へ進学 | Wikipedia |
馬場孤蝶(ばば こちょう、1869年12月10日(明治2年11月8日) - 1940年(昭和15年)6月22日)は、英文学者、評論家、翻訳家、詩人、慶應義塾大学教授。 | ||
明治学院高等学校から明治学院大学への進学者 全国の明治学院大学の出身者 渋谷区の出身者 | ||
12月10日生まれの人  1869年生まれの人 |
山脇学園高等学校の出身者
132 | 中村千栄子 東京女子大学へ進学 | Wikipedia |
中村 千栄子(なかむら ちえこ、1932年4月25日 - 1997年9月22日)は、日本の詩人、作詞家。中村は旧姓で、本名は新野 千栄子(あらの ちえこ)。 | ||
山脇学園高等学校から東京女子大学への進学者 全国の東京女子大学の出身者 | ||
4月25日生まれの人  1932年生まれの人 |
海城高等学校の出身者
133 | 菊岡久利 弘前市 | Wikipedia |
菊岡 久利(きくおか くり、1909年3月8日 - 1970年4月22日)は、日本の作家、詩人。本名、高木陸奥男(みちのくお)。横光利一に師事する。 | ||
弘前市の出身者 | ||
3月8日生まれの人  1909年生まれの人 | ||
134 | 吉田一穂 古平町 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
吉田 一穂(よしだ いっすい、1898年8月15日 - 1973年3月2日)は、大正・昭和期の詩人、評論家、童話作家。本名、由雄。 | ||
海城高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
8月15日生まれの人  1898年生まれの人 |
早稲田高等学校の出身者
135 | サトウハチロー 新宿区 | Wikipedia |
サトウ ハチロー(1903年(明治36年)5月23日 - 1973年(昭和48年)11月13日)は、日本の詩人、童謡作詞家、作家。本名は佐藤 八郎(さとう はちろう)。多くの別名を用いており、陸奥速男、山野三郎、玉川映二、星野貞志、清水操六、清水士郎、清水洋一郎、並木せんざ、江川真夫、熱田房夫、倉仲佳人、倉仲房雄、などがある。旧制早稲田中学校(現早稲田中学校・高等学校)中退。作家の佐藤愛子は異母妹にあたる。 | ||
新宿区の出身者 | ||
5月23日生まれの人  1903年生まれの人 | ||
136 | 西條八十 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
西條 八十(さいじょう やそ、新字体:西条、1892年(明治25年)1月15日 - 1970年(昭和45年)8月12日)は、日本の詩人、作詞家、仏文学者。 | ||
早稲田高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
1月15日生まれの人  1892年生まれの人 |
桜蔭高等学校の出身者
137 | 多田智満子 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月6日(戸籍上は4月1日) - 2003年1月23日)は、日本の詩人、随筆家、翻訳家、フランス文学者。福岡県出身。戸籍名、加藤智満子。 | ||
桜蔭高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
4月6日生まれの人  1930年生まれの人 |
京華高等学校の出身者
138 | 城昌幸 | Wikipedia |
城 昌幸(じょう まさゆき、1904年6月10日 - 1976年11月27日)は、日本の小説家、推理作家、詩人、編集者。 | ||
6月10日生まれの人  1904年生まれの人 |
京華商業高等学校の出身者
139 | 清水かつら | Wikipedia |
清水かつら(しみず かつら、1898年(明治31年)7月1日 - 1951年(昭和26年)7月4日)は男性詩人。本名は、清水桂。特に童謡詩人として知られる。 | ||
7月1日生まれの人  1898年生まれの人 |
140 | 尾崎喜八 | Wikipedia |
尾崎 喜八(おざき きはち、1892年1月31日 - 1974年2月4日)は、日本の詩人、随筆家、翻訳家。 | ||
1月31日生まれの人  1892年生まれの人 |
駒込高等学校の出身者
141 | 中西悟堂 駒澤大学へ進学 | Wikipedia |
中西 悟堂(なかにし ごどう、1895年(明治28年)11月16日 - 1984年(昭和59年)12月11日)は、日本の野鳥研究家で歌人・詩人。文化功労者。天台宗僧侶。日本野鳥の会の創立者。本名は富嗣、悟堂は法名。他に筆名として赤吉(しゃくきち)。 | ||
駒込高等学校から駒澤大学への進学者 全国の駒澤大学の出身者 | ||
11月16日生まれの人  1895年生まれの人 |
東洋大学京北高等学校の出身者
142 | 日夏耿之介 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年(明治23年)2月22日 - 1971年(昭和46年)6月13日)は、日本の詩人、英文学者。本名は樋口國登(ひぐち くにと。通称は圀登)。号は夏黄眠、黄眠道人、黄眠堂主人など30数種類を数える。広範な学識と多岐にわたる文学活動で「学匠詩人」と称される。 | ||
東洋大学京北高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
2月22日生まれの人  1890年生まれの人 |
獨協高等学校の出身者
143 | 恩地孝四郎 | Wikipedia |
恩地 孝四郎(おんち こうしろう、1891年(明治24年)7月2日 - 1955年(昭和30年)6月3日)は、東京府南豊島郡淀橋町出身の版画家・装幀家・写真家・詩人。長女は児童文学翻訳家の恩地三保子。 | ||
7月2日生まれの人  1891年生まれの人 | ||
144 | 木下杢太郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
木下 杢太郎(きのした もくたろう、1885年(明治18年)8月1日 - 1945年(昭和20年)10月15日。本名:太田正雄)は、皮膚科の医学者、詩人、劇作家、翻訳家、美術史・切支丹史研究家。大学医学部の教授を歴任し、また、南蛮情緒的、切支丹趣味、耽美享楽的など言われるきらびやかな詩や戯曲を残した。堀花村(ほりかそん)、地下一尺生、葱南(そうなん)、などの筆名も用いた。 | ||
獨協高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
8月1日生まれの人  1885年生まれの人 | ||
145 | 大町桂月 東京帝国大学へ進学 | Wikipedia |
大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日(明治2年1月24日)- 1925年(大正14年)6月10日)は高知県出身で、近代日本の詩人、歌人、随筆家、評論家。本名:大町芳衛(よしえ)。 | ||
獨協高等学校から東京帝国大学への進学者 全国の東京帝国大学の出身者 | ||
3月6日生まれの人  1869年生まれの人 |
日本大学豊山高等学校の出身者
146 | 柳致環 | Wikipedia |
柳致環(りゅうちかん、1908年陰暦7月14日‐1967年2月13日)は、朝鮮の詩人。号は青馬。柳は死と虚無を前にして人間の存在と意味を探し求めた。「詩人になった動機はなんだと問われたら、ためらうことなく恋愛であると答える」と述べた柳の詩は、恋愛の末に結婚した妻、権在順に宛てた恋文であった。 | ||
7月14日生まれの人  1908年生まれの人 | ||
147 | 城米彦造 | Wikipedia |
城米彦造(じょうまいひこぞう 1904年5月4日 - 2006年5月8日)は、日本の昭和時代に活動した画家、路上詩人。第二次大戦後の10年間、国鉄の有楽町駅前にて自作の詩集を手売りしていたことで知られる。 | ||
5月4日生まれの人  1904年生まれの人 |
日本大学第一高等学校の出身者
148 | 鈴木志郎康 江東区 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - )は、日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。 | ||
日本大学第一高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 江東区の出身者 | ||
5月19日生まれの人  1935年生まれの人 |
攻玉社高等学校の出身者
149 | 石原吉郎 東京外国語大学へ進学 | Wikipedia |
石原 吉郎(いしはら よしろう、1915年(大正4年)11月11日 - 1977年(昭和52年)11月14日)は、日本の詩人。シベリア抑留の経験を文学的テーマに昇華した、戦後詩の代表的詩人である。 | ||
攻玉社高等学校から東京外国語大学への進学者 全国の東京外国語大学の出身者 | ||
11月11日生まれの人  1915年生まれの人 |
恵泉女学園高等学校の出身者
150 | 小池一子 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
小池 一子(こいけ かずこ 1936年 - )は日本のクリエイティブディレクター、コピーライター。東京都出身。父は教育学者の矢川徳光、姉は作家、詩人、翻訳家の矢川澄子。 | ||
恵泉女学園高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
1936年生まれの人 |
成城学園高等学校の出身者
151 | 御徒町凧 | Wikipedia |
御徒町 凧(おかちまち かいと、1977年5月18日 - )は、東京都出身の詩人、作詞家。本名:菅原径。ニックネームは「かっくん」「おかちゃん」。シンガーソングライター森山直太朗の作詞共作者として知られる。森山直太朗のデビュー初期は共作詞のみだったが、05年以降は作曲も共作名義となっている。 | ||
5月18日生まれの人  1977年生まれの人 |
世田谷学園高等学校の出身者
152 | 伊藤桂一 四日市市 | Wikipedia |
伊藤 桂一(いとう けいいち、1917年8月23日 - 2016年10月29日)は、日本の小説家、詩人。『静かなノモンハン』などの戦場小説や、時代小説、私小説風な身辺小説などがある。日本芸術院会員。 | ||
四日市市の出身者 | ||
8月23日生まれの人  1917年生まれの人 | ||
153 | 中西悟堂 駒澤大学へ進学 | Wikipedia |
中西 悟堂(なかにし ごどう、1895年(明治28年)11月16日 - 1984年(昭和59年)12月11日)は、日本の野鳥研究家で歌人・詩人。文化功労者。天台宗僧侶。日本野鳥の会の創立者。本名は富嗣、悟堂は法名。他に筆名として赤吉(しゃくきち)。 | ||
世田谷学園高等学校から駒澤大学への進学者 全国の駒澤大学の出身者 | ||
11月16日生まれの人  1895年生まれの人 |
日本学園高等学校の出身者
154 | 上田敏 東京帝国大学へ進学 | Wikipedia |
上田 敏(うえだ びん、1874年(明治7年)10月30日 - 1916年(大正5年)7月9日)は、日本の評論家、詩人、翻訳家。「柳村(りゅうそん)」と号したため、上田柳村名義でも執筆活動を行った。 | ||
日本学園高等学校から東京帝国大学への進学者 全国の東京帝国大学の出身者 | ||
10月30日生まれの人  1874年生まれの人 |
青山学院高等部の出身者
155 | 長野規 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
長野 規(ながの ただす 1926年1月13日 - 2001年11月24日)は編集者、詩人。『週刊少年ジャンプ』初代編集長。 | ||
青山学院高等部から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
1月13日生まれの人  1926年生まれの人 |
富士見丘高等学校の出身者
156 | やまだ紫 世田谷区 京都精華大学へ進学 | Wikipedia |
やまだ 紫(やまだ むらさき、1948年9月5日 - 2009年5月5日)は、日本の漫画家・エッセイスト・詩人。京都精華大学マンガ学部専任教授。東京都世田谷区出身。本名は白取 三津子(しらとり みつこ)(旧姓:山田)。2人目の夫は、元『ガロ』副編集長の白取千夏雄で、年齢は17歳下である。 | ||
富士見丘高等学校から京都精華大学への進学者 全国の京都精華大学の出身者 世田谷区の出身者 | ||
9月5日生まれの人  1948年生まれの人 |
女子美術大学付属高等学校の出身者
157 | 芥川耿子 藤沢市 女子美術大学へ進学 | Wikipedia |
芥川 耿子(あくたがわ てるこ、1945年3月 - )は、神奈川県出身のエッセイスト、児童文学者、詩人。 | ||
女子美術大学付属高等学校から女子美術大学への進学者 全国の女子美術大学の出身者 藤沢市の出身者 | ||
1945年生まれの人 |
日本大学第二高等学校の出身者
158 | ねじめ正一 直木賞 青山学院大学へ進学 | Wikipedia |
ねじめ 正一(ねじめ しょういち、1948年6月16日 - )は、日本の詩人、小説家。本名は禰寝 正一(読みは同じ)。東京都杉並区生まれ。杉並区立杉並第四小学校→杉並区立高円寺中学校→日本大学第二高等学校卒業。青山学院大学経済学部中退。父は俳人のねじめ正也。長男は俳優のねじめ宗吾(ねじめ そうご、本名:禰寝宗吾、1975年5月4日 - )。長女は脚本家の祢寝彩木(ねじめ さえき、1979年2月11日 - )。 | ||
日本大学第二高等学校から青山学院大学への進学者 全国の青山学院大学の出身者 | ||
6月16日生まれの人  1948年生まれの人 |
学習院高等科の出身者
159 | 舟崎克彦 学習院大学へ進学 | Wikipedia |
舟崎 克彦(ふなざき よしひこ、1945年2月2日 - 2015年10月15日)は、日本の作家、詩人、作詞家、挿絵画家、劇画原作者。森窓一郎名義での作品もあり、著書は300冊以上にのぼる。影響を受けた文学者として、谷崎潤一郎、金子光晴、西東三鬼の3人を挙げている。柔道三段。2015年3月まで白百合女子大学教授として文章表現と創作の授業を講じる。 | ||
学習院高等科から学習院大学への進学者 全国の学習院大学の出身者 | ||
2月2日生まれの人  1945年生まれの人 |
160 | 武者小路実篤 千代田区 東京大学へ進学 | Wikipedia |
武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年(明治18年)5月12日 - 1976年(昭和51年)4月9日)は、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。貴族院勅選議員。 | ||
学習院高等科から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 千代田区の出身者 | ||
5月12日生まれの人  1885年生まれの人 |
巣鴨高等学校の出身者
161 | 村松健 成城大学へ進学 | Wikipedia |
村松 健(むらまつ けん、1962年5月9日 - )は、東京都出身のピアニスト、作曲家、三絃弾き、フルートなどのマルチプレーヤー。巣鴨中学・高校を経て、成城大学卒業。鹿児島県奄美市在住。 | ||
巣鴨高等学校から成城大学への進学者 全国の成城大学の出身者 | ||
5月9日生まれの人  1962年生まれの人 |
開成高等学校の出身者
162 | 松浦寿輝 東京大学へ進学 | Wikipedia |
松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は、日本の詩人、小説家、フランス文学者、批評家、東京大学名誉教授。毎日出版文化賞、高見順賞、読売文学賞選考委員。 | ||
開成高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月18日生まれの人  1954年生まれの人 | ||
163 | 中村真一郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
中村 真一郎(なかむら しんいちろう、1918年(大正7年)3月5日 - 1997年(平成9年)12月25日)は、日本の小説家・文芸評論家・詩人。なお旧字体の「眞一郎」名義での出版もある。 | ||
開成高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月5日生まれの人  1918年生まれの人 | ||
164 | 福永武彦 筑紫野市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
福永 武彦(ふくなが たけひこ、1918年(大正7年)3月19日 - 1979年(昭和54年)8月13日)は、日本の小説家、詩人、フランス文学者。 | ||
開成高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月19日生まれの人  1918年生まれの人 | ||
165 | 金素雲 | Wikipedia |
金 素雲(きん そうん、キム ソウン、1907年1月5日 - 1981年11月2日)は、韓国釜山出身の詩人。本名は金 教煥、筆名は鉄 甚平(てつ・じんぺい)。号は巣雲、三誤堂。詩人・作家の北原綴は息子。歌手の沢知恵は孫。 | ||
1月5日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
166 | 福士幸次郎 弘前市 | Wikipedia |
福士幸次郎(ふくし こうじろう、1889年11月5日 - 1946年10月11日)は、日本の詩人。 | ||
弘前市の出身者 | ||
11月5日生まれの人  1889年生まれの人 | ||
167 | 辻潤 | Wikipedia |
辻 潤(つじ じゅん、1884年10月4日 - 1944年11月24日?)は、日本の翻訳家、思想家である。日本におけるダダイスムの中心的人物の一人とされる。画家、詩人の辻まことは長男である。 | ||
10月4日生まれの人  1884年生まれの人 |
城北高等学校の出身者
168 | 工藤幸雄 | Wikipedia |
工藤 幸雄(くどう ゆきお、1925年3月20日 - 2008年7月5日)は、詩人、ロシア・ポーランド文学者、元多摩美術大学教授。仲谷鴻介(なかや こうすけ)という筆名もある。 | ||
3月20日生まれの人  1925年生まれの人 | ||
169 | 清岡卓行 東京大学へ進学 | Wikipedia |
清岡 卓行(きよおか たかゆき、1922年(大正11年)6月29日 - 2006年(平成18年)6月3日)は、日本の詩人、小説家。 | ||
城北高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
6月29日生まれの人  1922年生まれの人 |
武蔵高等学校の出身者
170 | 山本和夫 小浜市 東洋大学へ進学 | Wikipedia |
山本 和夫(やまもと かずお、1907年4月25日 - 1996年5月25日)は、日本の児童文学作家、詩人。 | ||
武蔵高等学校から東洋大学への進学者 全国の東洋大学の出身者 小浜市の出身者 | ||
4月25日生まれの人  1907年生まれの人 |
早稲田大学高等学院の出身者
171 | 丸山豊 久留米市 久留米大学へ進学 | Wikipedia |
丸山 豊(まるやま ゆたか、1915年3月30日 - 1989年8月8日)は日本の医師、詩人。日本の現代詩における代表的詩人の一人。福岡県八女郡広川町出身。福岡県中学明善校在学中より野田宇太郎らと同人誌に参加。第一早稲田高等学院に進学するも中退し、父と同じく医学を志して昭和12年、九州医学専門学校卒業。 | ||
早稲田大学高等学院から久留米大学への進学者 全国の久留米大学の出身者 久留米市の出身者 | ||
3月30日生まれの人  1915年生まれの人 | ||
172 | 吉田一穂 古平町 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
吉田 一穂(よしだ いっすい、1898年8月15日 - 1973年3月2日)は、大正・昭和期の詩人、評論家、童話作家。本名、由雄。 | ||
早稲田大学高等学院から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
8月15日生まれの人  1898年生まれの人 | ||
173 | 金子光晴 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
金子 光晴(かねこ みつはる、1895年(明治28年)12月25日 - 1975年(昭和50年)6月30日)は、愛知県海東郡越治村(現津島市)生まれの詩人。本名は安和。弟に詩人で小説家の大鹿卓がいる。妻も詩人の森三千代、息子に翻訳家の森乾。 | ||
早稲田大学高等学院から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
12月25日生まれの人  1895年生まれの人 | ||
174 | 大手拓次 安中市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
大手 拓次(おおて たくじ、1887年11月3日 - 1934年4月18日)は、日本の詩人。 | ||
早稲田大学高等学院から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 安中市の出身者 | ||
11月3日生まれの人  1887年生まれの人 | ||
175 | 水野葉舟 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
水野 葉舟(みずの ようしゅう、1883年4月9日 - 1947年2月2日)は日本の詩人、歌人、小説家、心霊現象研究者。東京生まれ、本名は盈太郎(みちたろう)。 | ||
早稲田大学高等学院から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
4月9日生まれの人  1883年生まれの人 |
明星高等学校(東京)の出身者
176 | 木島章 多摩美術大学へ進学 | Wikipedia |
木島 章(きじま あきら、1962年 - )は、日本の詩人。日本現代詩人会、詩人会議、横浜詩人会各会員。個人詩誌「エガリテ」発行(休刊中)。 詩誌「コールサック」「SPACE」などに参加。 | ||
明星高等学校(東京)から多摩美術大学への進学者 全国の多摩美術大学の出身者 | ||
1962年生まれの人 |
明治大学付属明治高等学校の出身者
177 | 県満天雄 | Wikipedia |
県満 天雄(あがたまん てんゆう、1906年(明治39年)9月26日 - 1922年(大正11年)7月12日)は日本の詩人。福岡県出身。 | ||
9月26日生まれの人  1906年生まれの人 |
日本大学第三高等学校の出身者
178 | 秋谷豊 鴻巣市 | Wikipedia |
秋谷 豊(あきや ゆたか、1922年11月2日 - 2008年11月18日)は、日本の詩人。詩誌「地球」の創刊者。埼玉文化功労賞受賞者。 | ||
鴻巣市の出身者 | ||
11月2日生まれの人  1922年生まれの人 |
中央大学附属高等学校の出身者
179 | 吉行エイスケ 岡山市 | Wikipedia |
吉行 エイスケ(よしゆき えいすけ、本名:栄助、1906年(明治39年)5月10日 - 1940年(昭和15年)7月8日)は、日本のダダイスト詩人、小説家。 | ||
岡山市の出身者 | ||
5月10日生まれの人  1906年生まれの人 |
早稲田実業学校の出身者
180 | 竹久夢二 瀬戸内市 | Wikipedia |
竹久 夢二(たけひさ ゆめじ、1884年(明治17年)9月16日 - 1934年(昭和9年)9月1日)は、日本の画家・詩人。本名は竹久 茂次郎(たけひさ もじろう)。 | ||
瀬戸内市の出身者 | ||
9月16日生まれの人  1884年生まれの人 |
拓殖大学第一高等学校の出身者
181 | 相沢正一郎 拓殖大学へ進学 | Wikipedia |
相沢正一郎(あいざわ しょういちろう、1950年11月28日 - )は日本の詩人。「歴程」同人。 | ||
拓殖大学第一高等学校から拓殖大学への進学者 全国の拓殖大学の出身者 | ||
11月28日生まれの人  1950年生まれの人 |
神奈川県立港北高等学校の出身者
182 | 岩佐なを 杉並区 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
岩佐なを(いわさ なを、男性、1954年6月18日 - )は日本の詩人、画家(主に、版画、ドローイング)。本名・直人。 | ||
神奈川県立港北高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 杉並区の出身者 | ||
6月18日生まれの人  1954年生まれの人 |
神奈川県立鶴嶺高等学校の出身者
183 | 関口涼子 新宿区 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
関口 涼子(せきぐち りょうこ、1970年12月21日 - )は、日本生まれ、フランス在住の詩人、美術史家、翻訳家。 | ||
神奈川県立鶴嶺高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 新宿区の出身者 | ||
12月21日生まれの人  1970年生まれの人 |
神奈川県立厚木高等学校の出身者
184 | 八木幹夫 | Wikipedia未登録 |
詩人 | ||
185 | リクター香子(翻訳家、詩人・ | Wikipedia未登録 |
翻訳家、詩人・俳人 |
聖光学院高等学校(神奈川県)の出身者
186 | 西原大輔 広島大学へ進学 | Wikipedia |
西原 大輔(にしはら だいすけ、1967年(昭和42年) - )は、比較文学者、広島大学教育学研究科教授、詩人。 | ||
聖光学院高等学校(神奈川県)から広島大学への進学者 全国の広島大学の出身者 | ||
1967年生まれの人 |
横浜共立学園高等学校の出身者
187 | 蜂飼耳 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
蜂飼 耳(はちかい みみ、女性、1974年6月3日 - )は、日本の詩人、エッセイスト、小説家。早稲田大学文化構想学部教授。神奈川県座間市在住。 | ||
横浜共立学園高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
6月3日生まれの人  1974年生まれの人 |
慶應義塾高等学校の出身者
188 | 星野道夫 市川市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
星野 道夫(ほしの みちお、1952年9月27日 - 1996年8月8日)は、写真家、探検家、詩人。千葉県市川市出身。 | ||
慶應義塾高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 市川市の出身者 | ||
9月27日生まれの人  1952年生まれの人 |
横浜隼人高等学校の出身者
189 | 千々和竜策 | Wikipedia |
千々和 竜策(ちぢわ りゅうさく、1969年5月27日 - )は日本の男性声優。東京都出身。血液型はA型。父は、歌人、詩人の千々和久幸。所属はフリー。 | ||
5月27日生まれの人  1969年生まれの人 |
日本女子大学附属高等学校の出身者
190 | 草間小鳥子 日本女子大学へ進学 | Wikipedia |
草間 小鳥子(くさま ことりこ、1987年8月24日 - )は、日本の詩人、童話作家、フリーアナウンサー。 | ||
日本女子大学附属高等学校から日本女子大学への進学者 全国の日本女子大学の出身者 | ||
8月24日生まれの人  1987年生まれの人 | ||
191 | 村松英子 日本女子大学へ進学 | Wikipedia |
村松 英子(むらまつ えいこ、1938年(昭和13年)3月31日 - )は、日本の女優・詩人。東京都出身。身長162cm、体重50kg。父は精神医学者の村松常雄、母方の祖父は田部隆次。実兄は文芸評論家の村松剛。兄の友人三島由紀夫の弟子で演劇活動を引き継いでいる。再従兄弟に当たる夫の南日恒夫(日本テレビ勤務の技師)は南日恒太郎の孫。本名は南日英子。 | ||
日本女子大学附属高等学校から日本女子大学への進学者 全国の日本女子大学の出身者 | ||
3月31日生まれの人  1938年生まれの人 |
逗子開成高等学校の出身者
192 | 平野威馬雄 横浜市 上智大学へ進学 | Wikipedia |
平野 威馬雄(ひらの いまお、1900年(明治33年)5月5日 - 1986年(昭和61年)11月11日)は、横浜市出身の詩人・フランス文学者。同人誌「青宋」主宰。日本詩人クラブ創設会員。大杉栄との交流の縁から、平野の父とも個人的に交友関係のあったジャン・アンリ・ファーブル関係の著作の翻訳をいくつか手がけたことでも知られている。松戸 淳(まつど じゅん)という変名で好色文学の翻訳も手がけた。2度の結婚で9人の子を持つ。 | ||
逗子開成高等学校から上智大学への進学者 全国の上智大学の出身者 横浜市の出身者 | ||
5月5日生まれの人  1900年生まれの人 |
新潟県立新潟高等学校の出身者
193 | 笹岡了一 | Wikipedia |
笹岡 了一(ささおか りょういち、1907年8月23日 - 1987年6月8日)は、日本の洋画家。本名は秋元 了一(あきもと りょういち)で、結婚後も旧姓で活動していた。妻は画家・詩人の秋元松子、長女(養女)は画家の秋元由美子。 | ||
8月23日生まれの人  1907年生まれの人 |
新潟県立長岡高等学校の出身者
194 | 宮柊二 魚沼市(旧・北魚沼郡堀之内町) | Wikipedia |
宮 柊二(みや しゅうじ、1912年(大正元年)8月23日 - 1986年(昭和61年)12月11日)は、昭和時代に活躍した歌人。本名は宮肇(はじめ)。 | ||
魚沼市(旧・北魚沼郡堀之内町)の出身者 | ||
8月23日生まれの人  1912年生まれの人 | ||
195 | 堀口大學 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
堀口 大學(ほりぐち だいがく、新字体:堀口 大学、1892年(明治25年)1月8日 - 1981年(昭和56年)3月15日)は、明治から昭和にかけての詩人、歌人、フランス文学者。訳詩書は三百点を超え、日本の近代詩に多大な影響を与えた。雅号は十三日月。葉山町名誉町民。 | ||
新潟県立長岡高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
1月8日生まれの人  1892年生まれの人 |
新潟県立栃尾高等学校の出身者
196 | 矢沢宰 見附市 | Wikipedia |
矢沢 宰(やざわ おさむ、1944年5月7日 - 1966年3月11日)は新潟県見附市出身の詩人。 | ||
見附市の出身者 | ||
5月7日生まれの人  1944年生まれの人 |
新潟県立小千谷高等学校の出身者
197 | 西脇順三郎 小千谷市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
西脇 順三郎(にしわき じゅんざぶろう、1894年(明治27年)1月20日 - 1982年(昭和57年)6月5日)は日本の詩人、英文学者(文学博士)。戦前のモダニズム・ダダイスム・シュルレアリスム運動の中心人物。水墨画をよくし、東山と号した。小千谷市名誉市民。生前、ノーベル文学賞の候補に挙がっていたものの、翻訳の壁が大きな障害となり、受賞を逸している。 | ||
新潟県立小千谷高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 小千谷市の出身者 | ||
1月20日生まれの人  1894年生まれの人 |
新潟県立六日町高等学校の出身者
198 | 遠藤哲夫 法政大学へ進学 | Wikipedia |
遠藤 哲夫(えんどう てつお、1943年 - )は、日本の著述家、プランナー、フリーライター。新潟県南魚沼郡六日町(現南魚沼市)出身。六日町立六日町中学校を経て新潟県立六日町高等学校卒業、法政大学中退。「大衆食の会」代表。編集プロダクション「アルシーヴ社」監査役。通称「エンテツ」「大衆食堂の詩人」。 | ||
新潟県立六日町高等学校から法政大学への進学者 全国の法政大学の出身者 | ||
1943年生まれの人 |
新潟県立柏崎常盤高等学校の出身者
199 | 中村千栄子 東京女子大学へ進学 | Wikipedia |
中村 千栄子(なかむら ちえこ、1932年4月25日 - 1997年9月22日)は、日本の詩人、作詞家。中村は旧姓で、本名は新野 千栄子(あらの ちえこ)。 | ||
新潟県立柏崎常盤高等学校から東京女子大学への進学者 全国の東京女子大学の出身者 | ||
4月25日生まれの人  1932年生まれの人 |
新潟県立高田高等学校の出身者
200 | 相馬御風 糸魚川市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
相馬 御風(そうま ぎょふう、1883年(明治16年)7月10日 - 1950年(昭和25年)5月8日)は日本の詩人・歌人・評論家。本名は昌治(しょうじ)。新潟県糸魚川市出身。早稲田大学文学部哲学科卒業。詩歌や評論のほか、早稲田大学校歌「都の西北」をはじめとした多くの校歌や童謡の作詞者としても知られる。 | ||
新潟県立高田高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 糸魚川市の出身者 | ||
7月10日生まれの人  1883年生まれの人 |
富山県立富山高等学校の出身者
201 | 本田信次 金沢大学へ進学 | Wikipedia |
本田信次(ほんだ しんじ、1958年(昭和33年) - )は、日本の詩人。 | ||
富山県立富山高等学校から金沢大学への進学者 全国の金沢大学の出身者 | ||
1958年生まれの人 | ||
202 | 瀧口修造 富山市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
瀧口 修造(たきぐち しゅうぞう、1903年(明治36年)12月7日 - 1979年(昭和54年)7月1日)は、近代日本を代表する美術評論家、詩人、画家。戦前・戦後の日本における正統シュルレアリスムの理論的支柱であり、近代詩の詩人とは一線を画す存在。 | ||
富山県立富山高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 富山市の出身者 | ||
12月7日生まれの人  1903年生まれの人 |
金沢大学附属高等学校の出身者
203 | 廣津里香 東京大学へ進学 | Wikipedia |
廣津 里香(ひろつ りか、1938年 - 1967年12月12日 )は、日本の画家、詩人。 | ||
金沢大学附属高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
1938年生まれの人 |
福井県立藤島高等学校の出身者
204 | 荒川洋治 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
荒川 洋治(あらかわ ようじ、1949年4月18日 - )は、日本の現代詩作家、随筆家である。愛知淑徳大学教授。本名の読みはひろはる。 | ||
福井県立藤島高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
4月18日生まれの人  1949年生まれの人 | ||
205 | 森山啓 | Wikipedia |
森山 啓(もりやま けい、1904年3月10日 - 1991年7月26日)は、新潟県出身の詩人、小説家である。 | ||
3月10日生まれの人  1904年生まれの人 | ||
206 | 中野重治 東京大学へ進学 | Wikipedia |
中野 重治(なかの しげはる、1902年(明治35年)1月25日 - 1979年(昭和54年)8月24日)は、日本の小説家、詩人、評論家、政治家。福井県坂井市出身。東京帝国大学文学部独文科卒。 | ||
福井県立藤島高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
1月25日生まれの人  1902年生まれの人 |
福井県立若狭高等学校の出身者
207 | きむ 小浜市 京都芸術短期大学へ進学 | Wikipedia |
きむ(本名:木村行伸、1980年9月27日 - )は、日本の詩人・写真家・経営者。福井県小浜市出身。自作をまとめている「いろは出版株式会社」の代表取締役。また夢をテーマにした「日本ドリームプロジェクト」の代表を務めている。 | ||
福井県立若狭高等学校から京都芸術短期大学への進学者 全国の京都芸術短期大学の出身者 | ||
9月27日生まれの人  1980年生まれの人 | ||
208 | 川口晴美 小浜市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
川口 晴美(かわぐち はるみ、1962年1月10日 - )は、日本の詩人。「歴程」同人。本姓・榎。 | ||
福井県立若狭高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 小浜市の出身者 | ||
1月10日生まれの人  1962年生まれの人 | ||
209 | 司茜 東大阪市 | Wikipedia |
司 茜(つかさ あかね、1939年 - )は、日本の詩人。 | ||
東大阪市の出身者 | ||
1939年生まれの人 | ||
210 | 山本和夫 小浜市 東洋大学へ進学 | Wikipedia |
山本 和夫(やまもと かずお、1907年4月25日 - 1996年5月25日)は、日本の児童文学作家、詩人。 | ||
福井県立若狭高等学校から東洋大学への進学者 全国の東洋大学の出身者 小浜市の出身者 | ||
4月25日生まれの人  1907年生まれの人 |
福井県立三国高等学校の出身者
211 | 中野鈴子 坂井市 | Wikipedia |
中野 鈴子(なかの すずこ、1906年1月24日 - 1958年1月5日)は、日本の詩人。 | ||
坂井市の出身者 | ||
1月24日生まれの人  1906年生まれの人 |
山梨県立甲府第一高等学校の出身者
212 | 青柳瑞穂 | Wikipedia |
青柳 瑞穂(あおやぎ みずほ、1899年5月29日 - 1971年12月15日、男性)は、山梨県出身の仏文学者、詩人、美術評論家、骨董品収集・随筆でも著名であった。ピアニストの青柳いづみこ(大阪音楽大学教授)は、直系の孫である。 | ||
5月29日生まれの人  1899年生まれの人 | ||
213 | 木々高太郎 | Wikipedia |
木々 高太郎(きぎ たかたろう、1897年5月6日 - 1969年10月31日)は日本の大脳生理学者・小説家(推理作家)・詩人。本名:林髞(はやし たかし)。長男は医学博士で精神衛生学者の林峻一郎(1930年-2008年)。 | ||
5月6日生まれの人  1897年生まれの人 | ||
214 | 中村星湖 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
中村 星湖(なかむら せいこ、1884年(明治17年)10月14日 - 1974年(昭和49年)4月13日)は、日本の文学者。星湖は筆名で、本名は将為(まさため) | ||
山梨県立甲府第一高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
10月14日生まれの人  1884年生まれの人 |
山梨県立日川高等学校の出身者
215 | 秋山清 日本大学へ進学 | Wikipedia |
秋山 清(あきやま きよし、1904年4月20日 - 1988年11月14日)は、福岡県小倉市(現・北九州市)出身の詩人、アナキスト。終戦まで局(つぼね)清のペンネームを用いる。 | ||
山梨県立日川高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
4月20日生まれの人  1904年生まれの人 |
長野県立屋代高等学校の出身者
216 | 大島博光 長野市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - 2006年1月9日)は、日本の詩人、翻訳家である。 | ||
長野県立屋代高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 長野市の出身者 | ||
11月18日生まれの人  1910年生まれの人 |
長野県立上田高等学校の出身者
217 | 田中清光 千曲市 | Wikipedia |
田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日- )は、日本の詩人。 | ||
千曲市の出身者 | ||
3月19日生まれの人  1931年生まれの人 |
長野県立上田染谷丘高等学校の出身者
218 | 清水澄子 (詩人) 上田市 | Wikipedia |
清水 澄子(しみず すみこ、1909年5月1日 - 1925年1月7日)は、長野県上田市出身の詩人。没後に発表された遺稿集『さゝやき』により知られる。 | ||
上田市の出身者 | ||
5月1日生まれの人  1909年生まれの人 |
長野県立野沢北高等学校の出身者
219 | 山室静 東北大学へ進学 | Wikipedia |
山室 静(やまむろ しずか、男性、1906年(明治39年)12月15日 - 2000年(平成12年)3月23日)は、日本の詩人、文芸評論家、翻訳家。 | ||
長野県立野沢北高等学校から東北大学への進学者 全国の東北大学の出身者 | ||
12月15日生まれの人  1906年生まれの人 |
長野県立飯田高等学校の出身者
220 | 日夏耿之介 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年(明治23年)2月22日 - 1971年(昭和46年)6月13日)は、日本の詩人、英文学者。本名は樋口國登(ひぐち くにと。通称は圀登)。号は夏黄眠、黄眠道人、黄眠堂主人など30数種類を数える。広範な学識と多岐にわたる文学活動で「学匠詩人」と称される。 | ||
長野県立飯田高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
2月22日生まれの人  1890年生まれの人 |
長野県立松本深志高等学校の出身者
221 | 吉江喬松 塩尻市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
吉江 喬松(よしえ たかまつ、1880年9月5日 - 1940年3月26日)は、フランス文学者、詩人、作家、評論家、早稲田大学教授。号は孤雁。 | ||
長野県立松本深志高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 塩尻市の出身者 | ||
9月5日生まれの人  1880年生まれの人 |
松商学園高等学校の出身者
222 | 島崎光正 | Wikipedia未登録 |
詩人 |
岐阜県立岐阜高等学校の出身者
223 | 近藤東 明治大学へ進学 | Wikipedia |
近藤 東(こんどう あずま、1904年6月24日 - 1988年10月23日)は、日本の詩人。 | ||
岐阜県立岐阜高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
6月24日生まれの人  1904年生まれの人 |
静岡県立静岡高等学校の出身者
224 | 三木卓 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の小説家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。 | ||
静岡県立静岡高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
5月13日生まれの人  1935年生まれの人 | ||
225 | 上田敏 東京帝国大学へ進学 | Wikipedia |
上田 敏(うえだ びん、1874年(明治7年)10月30日 - 1916年(大正5年)7月9日)は、日本の評論家、詩人、翻訳家。「柳村(りゅうそん)」と号したため、上田柳村名義でも執筆活動を行った。 | ||
静岡県立静岡高等学校から東京帝国大学への進学者 全国の東京帝国大学の出身者 | ||
10月30日生まれの人  1874年生まれの人 |
静岡県立静岡城北高等学校の出身者
226 | 江間章子 上越市 | Wikipedia |
江間 章子(えま しょうこ、1913年3月13日 - 2005年3月12日)は昭和を代表する唱歌の作詞家、詩人。代表作に「夏の思い出」、「花の街」などがある。1972年に朝鮮画報社から出版された『万寿無疆』に、詩「金日成首相は地球の上のともしび」を発表している。 | ||
上越市の出身者 | ||
3月13日生まれの人  1913年生まれの人 |
静岡県立沼津東高等学校の出身者
227 | 大岡信 田方郡三島町現・三島市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
大岡 信(おおおか まこと、1931年2月16日 - 2017年4月5日)は、日本の詩人、評論家。東京芸術大学名誉教授。日本ペンクラブ元会長。一ツ橋綜合財団理事。 | ||
静岡県立沼津東高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 田方郡三島町現・三島市の出身者 | ||
2月16日生まれの人  1931年生まれの人 |
静岡県立沼津西高等学校の出身者
228 | 町田志津子 | Wikipedia未登録 |
詩人 |
静岡県立伊東高等学校の出身者
229 | 稲川方人 多摩美術大学へ進学 | Wikipedia |
稲川 方人(いながわ まさと、1949年6月1日 - )は、日本の詩人、映画監督、映画評論家である。 | ||
静岡県立伊東高等学校から多摩美術大学への進学者 全国の多摩美術大学の出身者 | ||
6月1日生まれの人  1949年生まれの人 |
愛知県立旭丘高等学校の出身者
230 | 岡井隆 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
岡井 隆(おかい たかし、1928年(昭和3年)1月5日 - )は、日本の歌人・詩人・文芸評論家。未来短歌会発行人。日本藝術院会員。塚本邦雄、寺山修司とともに前衛短歌の三雄の一人。 | ||
愛知県立旭丘高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
1月5日生まれの人  1928年生まれの人 | ||
231 | 野口米次郎 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
野口 米次郎(のぐち よねじろう、1875年(明治8年)12月8日 - 1947年(昭和22年)7月13日)は、明治・大正・昭和前期の英詩人、小説家、評論家、俳句研究者。イサム・ノグチの父親。内田魯庵からノーベル文学賞の受賞を待望され、太平洋戦争には協力的であった。 | ||
愛知県立旭丘高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
12月8日生まれの人  1875年生まれの人 |
愛知県立熱田高等学校の出身者
232 | 友部正人 | Wikipedia |
友部 正人(ともべ まさと、1950年5月25日 - )は、日本のフォークシンガー、詩人。本名 小野正人。 | ||
5月25日生まれの人  1950年生まれの人 |
愛知県立明和高等学校の出身者
233 | 永瀬清子 赤磐市 | Wikipedia |
永瀬 清子(ながせ きよこ、1906年(明治39年)2月17日 - 1995年(平成7年)2月17日)は、日本の詩人。岡山県赤磐郡豊田村(現赤磐市)出身。幼年期は石川県金沢市で過ごす。愛知県立第一高等女学校(後の愛知県立明和高等学校)卒業。本名は永瀬 清。 | ||
赤磐市の出身者 | ||
2月17日生まれの人  1906年生まれの人 |
愛知県立津島高等学校の出身者
234 | 稲葉真弓 愛西市 | Wikipedia |
稲葉 真弓(いなば まゆみ、1950年3月8日 - 2014年8月30日)は、日本の女性小説家、詩人。本名は稲葉 眞弓(読みは同一)。 | ||
愛西市の出身者 | ||
3月8日生まれの人  1950年生まれの人 |
愛知県立西尾高等学校の出身者
235 | 茨木のり子 東邦大学へ進学 | Wikipedia |
茨木 のり子(いばらぎ のりこ、本姓・三浦(みうら)、1926年(大正15年)6月12日 - 2006年(平成18年)2月17日)は、日本の詩人、エッセイスト、童話作家、脚本家。『櫂 (同人誌)』を創刊し、戦後詩を牽引した日本の代表的女性詩人である。 | ||
愛知県立西尾高等学校から東邦大学への進学者 全国の東邦大学の出身者 | ||
6月12日生まれの人  1926年生まれの人 |
愛知県立時習館高等学校の出身者
236 | 丸山薫 大分市 東京海洋大学へ進学 | Wikipedia |
丸山 薫(まるやま かおる、1899年(明治32年)6月8日 - 1974年(昭和49年)10月21日)は、日本の詩人。男性。 | ||
愛知県立時習館高等学校から東京海洋大学への進学者 全国の東京海洋大学の出身者 大分市の出身者 | ||
6月8日生まれの人  1899年生まれの人 |
東海高等学校の出身者
237 | 明川哲也 | Wikipedia |
明川 哲也(あきかわ てつや)又はドリアン助川(ドリアン すけがわ、本名:助川 哲也、1962年6月17日 - )は、日本の作家、詩人、道化師、ミュージシャン。東京都生まれの神戸育ち。なお、明川哲也という名前は2002年から2011年まで使用されたもので、その後はドリアン助川に戻している(#名前の遍歴参照)。 | ||
6月17日生まれの人  1962年生まれの人 | ||
238 | 管啓次郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
管 啓次郎(すが けいじろう、1958年9月3日 - )は、日本の比較文学者、詩人。 | ||
東海高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
9月3日生まれの人  1958年生まれの人 | ||
239 | 一色真理 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
一色 真理(いっしき まこと、1946年10月19日 - )は、日本の詩人。男性。 | ||
東海高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
10月19日生まれの人  1946年生まれの人 |
豊川高等学校の出身者
240 | 佐野有美 | Wikipedia |
佐野有美(さの あみ、1990年4月6日 - )は、日本の詩人、随筆家、講演活動家、歌手、タレントである。血液型O型。 | ||
4月6日生まれの人  1990年生まれの人 |
三重県立宇治山田高等学校の出身者
241 | 竹内浩三 日本大学へ進学 | Wikipedia |
竹内 浩三(たけうち こうぞう、1921年(大正10年)5月12日 - 1945年(昭和20年)4月9日)は、日本の詩人。三重県宇治山田市(現在の伊勢市)生まれ。 | ||
三重県立宇治山田高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
5月12日生まれの人  1921年生まれの人 |
滋賀県立八日市高等学校の出身者
242 | 塚本邦雄 東近江市 滋賀大学へ進学 | Wikipedia |
塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人、詩人、評論家、小説家。 | ||
滋賀県立八日市高等学校から滋賀大学への進学者 全国の滋賀大学の出身者 東近江市の出身者 | ||
8月7日生まれの人  1920年生まれの人 |
滋賀県立八日市南高等学校の出身者
243 | 塚本邦雄 東近江市 滋賀大学へ進学 | Wikipedia |
塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人、詩人、評論家、小説家。 | ||
滋賀県立八日市南高等学校から滋賀大学への進学者 全国の滋賀大学の出身者 東近江市の出身者 | ||
8月7日生まれの人  1920年生まれの人 |
京都府立洛北高等学校の出身者
244 | 粟津則雄 東京大学へ進学 | Wikipedia |
粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日 - )は、日本の文芸評論家、フランス文学者、美術評論家、詩人、日本芸術院会員。「歴程」同人。 | ||
京都府立洛北高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
8月15日生まれの人  1927年生まれの人 | ||
245 | 村山槐多 | Wikipedia |
村山 槐多(むらやま かいた、1896年9月15日 - 1919年2月20日)は、日本の洋画家、詩人。 | ||
9月15日生まれの人  1896年生まれの人 |
京都市立日吉ヶ丘高等学校の出身者
246 | 三代目魚武濱田成夫 西宮市 | Wikipedia |
三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお、男性、1963年11月12日 - )は、兵庫県西宮市出身の詩人、芸術家、ミュージシャン。1982年、京都市立銅駝美術工芸高等学校漆芸科卒。 | ||
西宮市の出身者 | ||
11月12日生まれの人  1963年生まれの人 | ||
247 | 山前五十洋 関西大学へ進学 | Wikipedia |
山前 五十洋(やまさき いそみ、1943年4月28日 - )は、京都市出身の実業家、映画監督、プロデューサー、俳優である。関西大学法学部2部中退、歌手倉木麻衣の父で、詩人山前実治は父親である。 | ||
京都市立日吉ヶ丘高等学校から関西大学への進学者 全国の関西大学の出身者 | ||
4月28日生まれの人  1943年生まれの人 |
京都市立西京高等学校・附属中学校の出身者
248 | 天野忠 京都市 | Wikipedia |
天野 忠(あまの ただし、1909年6月18日 - 1993年10月28日)は、日本の詩人。 | ||
京都市の出身者 | ||
6月18日生まれの人  1909年生まれの人 |
京都市立銅駝美術工芸高等学校の出身者
249 | 三代目魚武濱田成夫 西宮市 | Wikipedia |
三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお、男性、1963年11月12日 - )は、兵庫県西宮市出身の詩人、芸術家、ミュージシャン。1982年、京都市立銅駝美術工芸高等学校漆芸科卒。 | ||
西宮市の出身者 | ||
11月12日生まれの人  1963年生まれの人 |
龍谷大学付属平安高等学校の出身者
250 | 岡本潤 本庄市 中央大学へ進学 | Wikipedia |
岡本 潤(おかもと じゅん、1901年7月5日 - 1978年2月16日)は、日本の詩人、脚本家である。本名-保太郎。 | ||
龍谷大学付属平安高等学校から中央大学への進学者 全国の中央大学の出身者 本庄市の出身者 | ||
7月5日生まれの人  1901年生まれの人 |
同志社高等学校の出身者
251 | 竹友藻風 大阪市 京都帝国大学へ進学 | Wikipedia |
竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1954年10月7日)は、詩人、英文学者。 | ||
同志社高等学校から京都帝国大学への進学者 全国の京都帝国大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
9月24日生まれの人  1891年生まれの人 | ||
252 | 松岡荒村 高田村(現・八代市) 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
松岡 荒村(まつおか こうそん、1879年(明治12年)5月8日 - 1904年(明治37年)7月23日)は、詩人、評論家。 | ||
同志社高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 高田村(現・八代市)の出身者 | ||
5月8日生まれの人  1879年生まれの人 |
立命館高等学校の出身者
253 | 中原中也 山口市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
中原 中也(なかはら ちゅうや、1907年(明治40年)4月29日 - 1937年(昭和12年)10月22日)は、日本の詩人、歌人、翻訳家。旧姓は柏村。夭折したが350篇以上もの詩を残し、一部は、中也自身が編纂した詩集『山羊の歌』、『在りし日の歌』に収録されている。訳詩では『ランボオ詩集』を出版するなど、フランス人作家の翻訳もしている(他に少量だがアンドレ・ジイドほか)。日本大学予科、中央大学予科などを経て東京外国語学校(現在の東京外国語大学)専修科仏語部修了。 | ||
立命館高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 山口市の出身者 | ||
4月29日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
254 | 竹内勝太郎 | Wikipedia |
竹内 勝太郎(たけうち かつたろう、1894年10月20日 - 1935年6月25日)は日本の詩人。京都府京都市生まれ。 | ||
10月20日生まれの人  1894年生まれの人 |
大阪府立市岡高等学校の出身者
255 | 三好達治 大阪市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
三好 達治(みよし たつじ、1900年(明治33年)8月23日 - 1964年(昭和39年)4月5日)は大阪府大阪市出身の詩人、翻訳家、文芸評論家。日蓮宗本山本満寺貫首を務めた三好龍紳は実弟。 | ||
大阪府立市岡高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
8月23日生まれの人  1900年生まれの人 |
大阪府立今宮高等学校の出身者
256 | 武田麟太郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
武田 麟太郎(たけだ りんたろう、1904年5月9日 - 1946年3月31日)は、日本の小説家。代表作に、「日本三文オペラ」「井原西鶴」「銀座八丁」「一の酉」などがある。長男は詩人の武田文章(1933-1998)、次男は河出書房の編集者の武田穎介(1935-2001)。 | ||
大阪府立今宮高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
5月9日生まれの人  1904年生まれの人 |
大阪府立北淀高等学校の出身者
257 | 高階杞一 大阪市 大阪府立大学へ進学 | Wikipedia |
高階 杞一(たかしな きいち、1951年9月20日 - )は、日本の詩人。大阪市生まれ、神戸市在住。大阪府立大学農学部園芸農学科卒業。本名、中井和成。 | ||
大阪府立北淀高等学校から大阪府立大学への進学者 全国の大阪府立大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
9月20日生まれの人  1951年生まれの人 |
大阪府立天王寺高等学校の出身者
258 | 小野十三郎 東洋大学へ進学 | Wikipedia |
小野 十三郎(おの とおざぶろう、本名は小野 藤三郎、男性、1903年(明治36年)7月27日 - 1996年(平成8年)10月8日)は日本の詩人。 | ||
大阪府立天王寺高等学校から東洋大学への進学者 全国の東洋大学の出身者 | ||
7月27日生まれの人  1903年生まれの人 | ||
259 | 折口信夫 大阪市 國學院大學へ進学 | Wikipedia |
折口 信夫(おりくち しのぶ、1887年(明治20年)2月11日 - 1953年(昭和28年)9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 | ||
大阪府立天王寺高等学校から國學院大學への進学者 全国の國學院大學の出身者 大阪市の出身者 | ||
2月11日生まれの人  1887年生まれの人 |
大阪府立住吉高等学校の出身者
260 | 阪田寛夫 大阪市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
阪田 寛夫(さかた ひろお、1925年10月18日 - 2005年3月22日)は、日本の詩人、小説家、児童文学作家である。サカタインクス創業者・阪田恒四郎は祖父。作曲家の大中恩は従兄[4]、女優で宝塚歌劇団の元花組男役トップスター大浦みずきは次女にあたる。大阪府大阪市生まれ。 | ||
大阪府立住吉高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
10月18日生まれの人  1925年生まれの人 | ||
261 | 伊東静雄 京都大学へ進学 | Wikipedia |
伊東 静雄(いとう しずお、1906年(明治39年)12月10日 - 1953年(昭和28年)3月12日)は日本の詩人。長崎県諫早市出身。 | ||
大阪府立住吉高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
12月10日生まれの人  1906年生まれの人 |
大阪市立工芸高等学校の出身者
262 | 川上未映子 大阪市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
川上 未映子(かわかみ みえこ、1976年8月29日 - )は、日本の小説家、詩人、ミュージシャン、女優。音楽活動時は未映子(みえこ)名義も使用する。血液型はB型。 | ||
大阪市立工芸高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
8月29日生まれの人  1976年生まれの人 |
大阪府立北野高等学校の出身者
263 | 野間宏 神戸市 京都大学へ進学 | Wikipedia |
野間 宏(のま ひろし、1915年(大正4年)2月23日 - 1991年(平成3年)1月2日)は日本の小説家、評論家、詩人。長編小説を多く書き、社会全体の構造をとらえる全体小説を志向した。また、最晩年まで社会的な発言を多く行ったことでも知られている。部落外の出身者だが部落解放同盟中央委員となった。そのきっかけは、戦前から水平社とともに運動してきたことのほか、誤りを犯したことがきっかけで解放同盟に洗脳されたことであるといわれる。 | ||
大阪府立北野高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
2月23日生まれの人  1915年生まれの人 |
大阪府立大手前高等学校の出身者
264 | 佐々木幹郎 同志社大学へ進学 | Wikipedia |
佐々木 幹郎(ささき みきろう、1947年10月20日 - )は、日本の詩人。 | ||
大阪府立大手前高等学校から同志社大学への進学者 全国の同志社大学の出身者 | ||
10月20日生まれの人  1947年生まれの人 |
大阪府立三国丘高等学校の出身者
265 | 安西冬衛 | Wikipedia |
安西 冬衛(あんざい ふゆえ、1898年(明治31年)3月9日 - 1965年(昭和40年)8月24日)は日本の詩人である。本名は勝(まさる)。奈良県出身。 | ||
3月9日生まれの人  1898年生まれの人 |
大阪府立岸和田高等学校の出身者
266 | 奥本大三郎 貝塚市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
奥本 大三郎(おくもと だいさぶろう、1944年3月6日 - )は、フランス文学者、エッセイスト、埼玉大学名誉教授、NPO日本アンリ・ファーブル会理事長、虫の詩人の館(ファーブル昆虫館)館長。 大阪府貝塚市出身。 | ||
大阪府立岸和田高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月6日生まれの人  1944年生まれの人 | ||
267 | 鹿野政直 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
鹿野 政直(かの まさなお、1931年(昭和6年)8月20日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史、思想史。1960年代以降に盛んになった民衆思想史研究の第一人者。早稲田大学名誉教授。妻は詩人の堀場清子。 | ||
大阪府立岸和田高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
8月20日生まれの人  1931年生まれの人 |
大阪府立桜塚高等学校の出身者
268 | 富岡多恵子 大阪市 大阪女子大学へ進学 | Wikipedia |
富岡 多惠子(とみおか たえこ、1935年7月28日 - )は、日本の詩人・小説家・文芸評論家、日本芸術院会員。上方お笑い大賞選考委員。静岡県伊東市在住。現代美術家の菅木志雄は夫。 | ||
大阪府立桜塚高等学校から大阪女子大学への進学者 全国の大阪女子大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
7月28日生まれの人  1935年生まれの人 |
大阪府立四條畷高等学校の出身者
269 | 高畑耕治 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
高畑 耕治(たかばたけ こうじ、1963年5月30日 - )は、日本の詩人。 | ||
大阪府立四條畷高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
5月30日生まれの人  1963年生まれの人 |
上宮高等学校の出身者
270 | 壺井繁治 小豆島町 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
壺井 繁治(つぼい しげじ、1897年(明治30年)10月18日 - 1975年(昭和50年)9月4日)は、日本の詩人である。日本共産党員。 | ||
上宮高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 小豆島町の出身者 | ||
10月18日生まれの人  1897年生まれの人 |
明星高等学校(大阪)の出身者
271 | 森内俊雄 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
森内 俊雄(もりうち としお、1936年12月12日 - )は、日本の小説家、詩人、編集者である。本名同じ。 | ||
明星高等学校(大阪)から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
12月12日生まれの人  1936年生まれの人 |
桃山学院高等学校の出身者
272 | 竹友藻風 大阪市 京都帝国大学へ進学 | Wikipedia |
竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1954年10月7日)は、詩人、英文学者。 | ||
桃山学院高等学校から京都帝国大学への進学者 全国の京都帝国大学の出身者 大阪市の出身者 | ||
9月24日生まれの人  1891年生まれの人 |
浪速高等学校の出身者
273 | 吉田定一 | Wikipedia |
吉田 定一(よしだ さだいち、1941年 - )は、大阪府出身の児童文学作家・詩人である。元・白百合女子大学・東京学芸大学講師。 | ||
1941年生まれの人 |
兵庫県立神戸高等学校の出身者
274 | 津村信夫 神戸市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
津村 信夫(つむら のぶお、1909年(明治42年)1月5日 - 1944年(昭和19年)6月27日)は、詩人。兄は映画評論家の津村秀夫。 | ||
兵庫県立神戸高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
1月5日生まれの人  1909年生まれの人 | ||
275 | 津村秀夫 神戸市 東北大学へ進学 | Wikipedia |
津村 秀夫(つむら ひでお、1907年8月15日 - 1985年8月12日)は、日本の映画評論家。弟は詩人の津村信夫、息子は俳優の津村鷹志。 | ||
兵庫県立神戸高等学校から東北大学への進学者 全国の東北大学の出身者 | ||
8月15日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
276 | 竹久夢二 瀬戸内市 | Wikipedia |
竹久 夢二(たけひさ ゆめじ、1884年(明治17年)9月16日 - 1934年(昭和9年)9月1日)は、日本の画家・詩人。本名は竹久 茂次郎(たけひさ もじろう)。 | ||
瀬戸内市の出身者 | ||
9月16日生まれの人  1884年生まれの人 |
兵庫県立兵庫高等学校の出身者
277 | 竹中郁 神戸市 関西学院大学へ進学 | Wikipedia |
竹中 郁(たけなか いく、1904年4月1日 - 1982年3月7日)は、日本の詩人。本名、育三郎。 | ||
兵庫県立兵庫高等学校から関西学院大学への進学者 全国の関西学院大学の出身者 | ||
4月1日生まれの人  1904年生まれの人 |
兵庫県立長田高等学校の出身者
278 | 富士正晴 三好市 | Wikipedia |
富士 正晴(ふじ まさはる、本名・冨士正明 1913年10月30日 - 1987年7月15日)は小説家・詩人。 | ||
三好市の出身者 | ||
10月30日生まれの人  1913年生まれの人 |
兵庫県立洲本高等学校の出身者
279 | 阿久悠 洲本市 明治大学へ進学 | Wikipedia |
阿久 悠(あく ゆう(AKU YUU)、1937年2月7日 - 2007年8月1日)は、日本の放送作家、詩人、作詞家、小説家。本名、深田 公之(ふかだ ひろゆき)。淡路島(兵庫県津名郡鮎原村、現:洲本市五色町鮎原)出身。第2回横溝正史ミステリ大賞、第45回菊池寛賞受賞。紫綬褒章、旭日小綬章受章。 | ||
兵庫県立洲本高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 洲本市の出身者 | ||
2月7日生まれの人  1937年生まれの人 |
280 | 川路柳虹 美術工芸学校へ進学 | Wikipedia |
川路 柳虹(かわじ りゅうこう、明治21年(1888年)7月9日 - 昭和34年(1959年)4月17日)は明治・大正・昭和期の詩人、評論家。本名は誠。 | ||
兵庫県立洲本高等学校から美術工芸学校への進学者 全国の美術工芸学校の出身者 | ||
7月9日生まれの人  1888年生まれの人 |
西宮市立西宮高等学校の出身者
281 | 岩谷時子 西宮市 神戸女学院大学へ進学 | Wikipedia |
岩谷 時子(いわたに ときこ、1916年(大正5年)3月28日 - 2013年(平成25年)10月25日)は、日本の作詞家、詩人、翻訳家。本名:岩谷 トキ子(読み同じ)。歌手・越路吹雪のマネージャーを務めたことでも知られる。 | ||
西宮市立西宮高等学校から神戸女学院大学への進学者 全国の神戸女学院大学の出身者 | ||
3月28日生まれの人  1916年生まれの人 |
兵庫県立西宮高等学校の出身者
282 | 青木はるみ 関西学院大学へ進学 | Wikipedia |
青木 はるみ(あおき はるみ、1933年8月4日 - )は、日本の詩人。本名は春美。 | ||
兵庫県立西宮高等学校から関西学院大学への進学者 全国の関西学院大学の出身者 | ||
8月4日生まれの人  1933年生まれの人 |
兵庫県立鳴尾高等学校の出身者
283 | 半田晴久 西宮市 同志社大学へ進学 | Wikipedia |
深見 東州(ふかみ とうしゅう、本名:半田 晴久(はんだ はるひさ)1951年3月18日 - )は日本の芸術家[10]、福祉活動家[11]、実業家[12][13]、宗教家[13]、フィランソロピスト(慈善活動家)[14]、評論家[11]。歌手[15]、オペラ歌手[10][14]、画家[10][14]、書家[10][14]、能楽師[14]、詩人[10][14]、作曲家[14]などとして、幅広い活動をしている[16][11]。 | ||
兵庫県立鳴尾高等学校から 同志社大学への進学者 全国の 同志社大学の出身者 西宮市の出身者 | ||
3月18日生まれの人  1951年生まれの人 |
兵庫県立伊丹高等学校の出身者
284 | 伊丹公子 | Wikipedia |
伊丹 公子(いたみ きみこ、1925年4月22日 - 2014年12月15日)は、日本の俳人、詩人。本名・岩田きみ子。俳人の伊丹三樹彦は夫、同じく俳人の伊丹啓子は長女。 | ||
4月22日生まれの人  1925年生まれの人 |
姫路市立飾磨高等学校の出身者
285 | 車谷長吉 飾磨市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ、1945年7月1日 - 2015年5月17日)は日本の作家、随筆家、俳人。本名、車谷 嘉彦(くるまたに よしひこ)。兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)出身。筆名の「長吉」は唐代の詩人李賀にちなむ。妻は詩人の高橋順子。 | ||
姫路市立飾磨高等学校から 慶應義塾大学への進学者 全国の 慶應義塾大学の出身者 飾磨市の出身者 | ||
7月1日生まれの人  1945年生まれの人 |
兵庫県立龍野高等学校の出身者
286 | 三木露風 たつの市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
三木 露風(みき ろふう、1889年(明治22年)6月23日 - 1964年(昭和39年)12月29日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人、随筆家。本名は三木 操(みき みさお)。異父弟に映画カメラマンの碧川道夫がいる。 | ||
兵庫県立龍野高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 たつの市の出身者 | ||
6月23日生まれの人  1889年生まれの人 |
灘高等学校の出身者
287 | 林浩平 東京大学へ進学 | Wikipedia |
林浩平(はやし こうへい、1954年12月4日- )は、日本の詩人、文芸評論家、日本文学研究者。和歌山県出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大学卒業後7年間をNHKにディレクターとして勤務する。恵泉女学園大学特任教授。日本近代文学会、昭和文学会、四季派学会に所属。 | ||
灘高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
12月4日生まれの人  1954年生まれの人 | ||
288 | 西村我尼吾 九州大学へ進学 | Wikipedia |
西村 我尼吾(にしむら がにあ、1952年4月16日)は、日本の俳人。本名・西村英俊。1952年大阪府生まれ。灘高校、東京大学法学部卒。通商産業省に入省。山口青邨に師事。東大学生俳句会「原生林」編集長。東大ホトトギス会幹事。1978年対馬康子と結婚。1981年より2年間米国イェール大学大学院に留学、修士。 | ||
灘高等学校から九州大学への進学者 全国の九州大学の出身者 | ||
4月16日生まれの人  1952年生まれの人 |
神戸女学院高等学部の出身者
289 | キョウコ・モリ 神戸市 ウィスコンシン大学へ進学 | Wikipedia |
キョウコ・モリ(Kyoko Mori、1957年 - )は、アメリカ合衆国の作家、詩人。日本出身。 | ||
神戸女学院高等学部からウィスコンシン大学への進学者 全国のウィスコンシン大学の出身者 | ||
1957年生まれの人 |
奈良県立郡山高等学校の出身者
290 | 上田假奈代 | Wikipedia |
上田 假奈代(うえだ かなよ、本名:山田仮奈代、 1969年12月1日 - )は、奈良県吉野郡出身の女流詩人、NPO法人「こえとことばとこころの部屋」(ココルーム)代表。大阪市立大学都市研究プラザ研究員。2013年からは大阪府と大阪市の文化芸術振興を協議・評価する第三者機関「アーツカウンシル」の世話人を務めている。 | ||
12月1日生まれの人  1969年生まれの人 |
奈良県立畝傍高等学校の出身者
291 | 松村又一 明日香村 | Wikipedia |
松村 又一(まつむら またいち、、1898年(明治31年)3月25日 - 1992年(平成2年)9月30日)は昭和期の作詞家、民謡作家。妻は歌人の松村君代。独特の作風から土の詩人と評される。 | ||
明日香村の出身者 | ||
3月25日生まれの人  1898年生まれの人 |
奈良県立十津川高等学校の出身者
292 | 野長瀬正夫 十津川村へ進学 | Wikipedia |
野長瀬 正夫(のながせ まさお、1906年2月8日 - 1984年4月22日)は、日本の詩人・児童文学作家。 | ||
奈良県立十津川高等学校から十津川村への進学者 全国の十津川村の出身者 | ||
2月8日生まれの人  1906年生まれの人 |
和歌山県立新宮高等学校の出身者
293 | 佐藤春夫 新宮市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
佐藤 春夫(さとう はるお、1892年(明治25年)4月9日 - 1964年(昭和39年)5月6日)は、近代日本の詩人・作家。艶美清朗な詩歌と倦怠・憂鬱の小説を軸に、文芸評論・随筆・童話・戯曲・評伝・和歌とその活動は多岐に及び、明治末期から昭和まで旺盛に活動した。筆名を潮鳴、沙塔子、雅号を能火野人と称した。初代新宮市名誉市民。 | ||
和歌山県立新宮高等学校から 慶應義塾大学への進学者 全国の 慶應義塾大学の出身者 新宮市の出身者 | ||
4月9日生まれの人  1892年生まれの人 |
和歌山県立桐蔭高等学校の出身者
294 | 小堀邦夫 | Wikipedia |
小堀 邦夫(こほり くにお、1950年9月6日 - )は、日本の神職、作家、詩人。元靖国神社宮司、神宮禰宜、神社本庁参与。 | ||
9月6日生まれの人  1950年生まれの人 |
鳥取県立倉吉東高等学校の出身者
295 | 伊藤宝城 岩手医科大学へ進学 | Wikipedia |
伊藤 宝城(いとう ほうじょう、1909年 - 1961年)は日本の医師、詩人、版画家、彫刻家。本名:伊藤博。俳号は鉄庵。別名、ジョージ・ウーラン。戦後日本の抽象彫刻の先駆者の一人である。 | ||
鳥取県立倉吉東高等学校から岩手医科大学への進学者 全国の岩手医科大学の出身者 | ||
1909年生まれの人 |
島根県立松江工業高等学校の出身者
296 | 井川博年 福岡市 | Wikipedia |
井川博年(いかわ ひろとし、1940年12月18日― )は、日本の詩人。 | ||
福岡市の出身者 | ||
12月18日生まれの人  1940年生まれの人 |
島根県立松江農林高等学校の出身者
297 | 山本亮 境港市 | Wikipedia |
山本 亮(やまもと りょう、明治27年(1894年)12月14日 - 昭和48年(1973年)2月18日)は、日本の実業家、漢詩人、政治家。鳥取県西伯郡境町長(17代)、町会議員。号大麓。鳥取県平民。 | ||
境港市の出身者 | ||
12月14日生まれの人  1894年生まれの人 |
島根県立大田高等学校の出身者
298 | 日和聡子 美郷町 立教大学へ進学 | Wikipedia |
日和 聡子(ひわ さとこ、1974年9月27日 - )は、日本の詩人、小説家。 | ||
島根県立大田高等学校から立教大学への進学者 全国の立教大学の出身者 美郷町の出身者 | ||
9月27日生まれの人  1974年生まれの人 |
岡山県立岡山朝日高等学校の出身者
299 | 吉行エイスケ 岡山市 | Wikipedia |
吉行 エイスケ(よしゆき えいすけ、本名:栄助、1906年(明治39年)5月10日 - 1940年(昭和15年)7月8日)は、日本のダダイスト詩人、小説家。 | ||
岡山市の出身者 | ||
5月10日生まれの人  1906年生まれの人 |
300 | 薄田泣菫 浅口郡大江連島村(現・倉敷市) 二松學舍大学へ進学 | Wikipedia |
薄田 泣菫(すすきだ きゅうきん、1877年(明治10年)5月19日 - 1945年(昭和20年)10月9日)は、日本の詩人・随筆家。本名、淳介(じゅんすけ)。 | ||
岡山県立岡山朝日高等学校から二松學舍大学への進学者 全国の二松學舍大学の出身者 浅口郡大江連島村(現・倉敷市)の出身者 | ||
5月19日生まれの人  1877年生まれの人 |
岡山県立倉敷天城中学校・高等学校の出身者
301 | 中江俊夫 関西大学へ進学 | Wikipedia |
中江 俊夫(なかえ としお、1933年2月1日 - )は、日本の詩人。 | ||
岡山県立倉敷天城中学校・高等学校から関西大学への進学者 全国の関西大学の出身者 | ||
2月1日生まれの人  1933年生まれの人 |
岡山県立和気閑谷高等学校の出身者
302 | 三木露風 たつの市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
三木 露風(みき ろふう、1889年(明治22年)6月23日 - 1964年(昭和39年)12月29日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人、随筆家。本名は三木 操(みき みさお)。異父弟に映画カメラマンの碧川道夫がいる。 | ||
岡山県立和気閑谷高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 たつの市の出身者 | ||
6月23日生まれの人  1889年生まれの人 |
岡山県立津山高等学校の出身者
303 | 矢野峰人 京都帝国大学へ進学 | Wikipedia |
矢野 峰人(やの ほうじん、1893年3月11日 - 1988年5月21日)は、日本の詩人、英文学者。 | ||
岡山県立津山高等学校から京都帝国大学への進学者 全国の京都帝国大学の出身者 | ||
3月11日生まれの人  1893年生まれの人 | ||
304 | 松山白洋 | Wikipedia未登録 |
元旧制津山中学校教諭・詩人 |
興譲館高等学校の出身者
305 | 藤浦洸 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
藤浦 洸(ふじうら こう、1898年9月1日 - 1979年3月13日)は、昭和時代の作詞家、詩人。長崎県平戸市出身。 | ||
興譲館高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
9月1日生まれの人  1898年生まれの人 |
広島大学附属高等学校の出身者
306 | 原民喜 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
原 民喜(はら たみき、1905年(明治38年)11月15日 - 1951年(昭和26年)3月13日)は、日本の詩人、小説家。広島で被爆した体験を、詩「原爆小景」や小説「夏の花」等の作品に残した。 | ||
広島大学附属高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
11月15日生まれの人  1905年生まれの人 |
広島大学附属福山高等学校の出身者
307 | 桑原真夫 北海道大学へ進学 | Wikipedia |
桑原真夫(くわばら まさお、1947年3月- )は、日本の詩人、スペイン・ガリシア文学研究者、翻訳家。本名・中西省三。広島県鞆の浦生まれ。北海道大学経済学部卒。三井銀行に入行後、ブリュッセル、マドリッド、ロンドン等ヨーロッパに約14年駐在。所属:日本イスパニア学会、スペイン史学会、日本観光研究学会、京都セルバンテス懇話会。 | ||
広島大学附属福山高等学校から北海道大学への進学者 全国の北海道大学の出身者 | ||
1947年生まれの人 |
広島県立可部高等学校の出身者
308 | 栗原貞子 広島市 | Wikipedia |
栗原 貞子(くりはら さだこ、1913年3月4日 - 2005年3月6日)は、日本の詩人。峠三吉などの原爆詩人の一人。『生ましめんかな』で知られる。 | ||
広島市の出身者 | ||
3月4日生まれの人  1913年生まれの人 |
広島県立広島国泰寺高等学校の出身者
309 | 大和田建樹 | Wikipedia |
大和田 建樹(おおわだ たけき、安政4年4月29日(1857年5月22日) - 明治43年(1910年)10月1日)とは、日本の詩人・作詞家・国文学者・東京高等師範学校(現・筑波大学)教授。 | ||
4月29日生まれの人  1857年生まれの人 | ||
310 | 遠藤雅嗣 | Wikipedia |
詩人 |
広島県立広島皆実高等学校の出身者
311 | 武内俊子 三原市 広島県立大学へ進学 | Wikipedia |
武内 俊子(たけうち としこ、1905年9月10日 - 1945年4月7日)は、童謡詩人、童謡作詞家、童話作家。僧侶であり世界探険家の渡辺哲信は叔父にあたる。 | ||
広島県立広島皆実高等学校から広島県立大学への進学者 全国の広島県立大学の出身者 三原市の出身者 | ||
9月10日生まれの人  1905年生まれの人 |
広島県立広島商業高等学校の出身者
312 | 峠三吉 豊中市 | Wikipedia |
峠 三吉(とうげ さんきち、1917年(大正6年)2月19日 - 1953年(昭和28年)3月10日)は、詩人。本名は、三吉(みつよし)。日本共産党党員であった。 | ||
2月19日生まれの人  1917年生まれの人 | ||
313 | 大木惇夫 広島市 | Wikipedia |
大木 惇夫(おおき あつお、1895年(明治28年)4月18日 - 1977年(昭和52年)7月19日)は日本の詩人・翻訳者・作詞家。本名は軍一(ぐんいち)。1932年までは篤夫(あつお)と名乗っていた。太平洋戦争(大東亜戦争)中の戦争詩で有名だが、児童文学作品他、「国境の町」などの歌謡曲、「大地讃頌」をはじめとした合唱曲、軍歌(戦時歌謡)、社歌、校歌、自治体歌の作詞も多い。1967年紫綬褒章、1972年勲四等旭日小綬章。 | ||
広島市の出身者 | ||
4月18日生まれの人  1895年生まれの人 |
広島県立福山葦陽高等学校の出身者
314 | 友竹正則 福山市 国立音楽大学へ進学 | Wikipedia |
友竹 正則(ともたけ まさのり、1931年10月9日 - 1993年3月23日)は、日本の声楽家・バリトン歌手・詩人。広島県福山市出身。 | ||
広島県立福山葦陽高等学校から国立音楽大学への進学者 全国の国立音楽大学の出身者 福山市の出身者 | ||
10月9日生まれの人  1931年生まれの人 |
広島県立府中高等学校の出身者
315 | 木下夕爾 名古屋市立大学へ進学 | Wikipedia |
木下 夕爾(きのした ゆうじ、1914年10月27日 - 1965年8月4日)は、日本の詩人、俳人。本名・優二。広島県福山市御幸町に生まれる。広島県立府中中学(現・広島県立府中高等学校)を卒業後、1933年にいったんは第一早稲田高等学院文科(仏文科)に入学するが、家業を継ぐために転学。1938年に名古屋薬学専門学校(現・名古屋市立大学)を卒業し、広島で実家の薬局を営む。以後終生郷里を離れなかった。この間堀口大学に傾倒し影響を受けており、13歳のときには堀口の詩誌「若草」で特選を取っている。1940年、第一詩集『田舎の食卓』を刊行、第6回文芸汎論賞を受賞。1949年に誌誌「木靴」を創刊・主宰。以後の詩集に『生まれた家』(1940年)『笛を吹くひと』(1958年)など。日本詩人クラブ、日本現代詩人会に所属。 | ||
広島県立府中高等学校から名古屋市立大学への進学者 全国の名古屋市立大学の出身者 | ||
10月27日生まれの人  1914年生まれの人 |
広島学院高等学校の出身者
316 | 四元康祐 上智大学へ進学 | Wikipedia |
四元 康祐(よつもと やすひろ、1959年8月21日- )は、日本の詩人。 | ||
広島学院高等学校から上智大学への進学者 全国の上智大学の出身者 | ||
8月21日生まれの人  1959年生まれの人 |
修道高等学校の出身者
317 | 河浜一也 | Wikipedia |
河浜一也(かわはま かずや、1959年11月3日 -)は広島の学習塾経営者。学習共同体河浜塾(有限会社広島カルチャーストック・広島市周辺に13教室)代表取締役。広島私塾連盟特別顧問(元理事長)。全日本私塾教育ネットワーク副理事長、NPO法人教育サポート広島副理事長、 NPO法人安芸ソーシャルサポートの会理事、鈴木三重吉赤い鳥の会理事、山陽女子短期大学非常勤講師、FMはつかいちラジオパーソナリティ、音楽プロデューサー、フリーライター、作詞作曲家、詩人、郷土歴史家。 | ||
11月3日生まれの人  1959年生まれの人 | ||
318 | 坂井虎山 | Wikipedia |
坂井 虎山(さかい こざん、寛政10年(1798年) - 嘉永3年9月6日〈1850年10月11日〉)は、江戸時代末期の儒学者。名は華、字は公実、通称は百太郎。号は虎山または臥虎山人。門人たちによる諡は、文成先生である。墓は広島の本照寺。 | ||
1798年生まれの人 | ||
319 | 頼山陽 | Wikipedia |
頼 山陽(らい さんよう、安永9年12月27日(1781年1月21日) - 天保3年9月23日(1832年10月16日))は、大坂生まれの江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人。幼名は久太郎(ひさたろう)、名は襄(のぼる)、字は子成。山陽、三十六峯外史と号した。主著に『日本外史』があり、これは幕末の尊皇攘夷運動に影響を与え、日本史上のベストセラーとなった。贈正四位。 | ||
12月27日生まれの人  1781年生まれの人 |
320 | 頼春水 竹原市 | Wikipedia |
頼 春水(らい しゅんすい、延享3年6月30日(1746年8月16日) – 文化13年2月19日(1816年3月17日)は、江戸時代中期・後期の儒学者、詩人。頼山陽の父。 | ||
竹原市の出身者 | ||
6月30日生まれの人  1746年生まれの人 |
山口県立徳山高等学校の出身者
321 | 平田俊子 隠岐の島町 立命館大学へ進学 | Wikipedia |
平田 俊子(ひらた としこ、1955年6月30日 - )は日本の詩人、小説家、劇作家。ブラックユーモアを多用した乾いた作風。 | ||
山口県立徳山高等学校から立命館大学への進学者 全国の立命館大学の出身者 隠岐の島町の出身者 | ||
6月30日生まれの人  1955年生まれの人 |
山口県立山口高等学校の出身者
322 | 中原中也 山口市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
中原 中也(なかはら ちゅうや、1907年(明治40年)4月29日 - 1937年(昭和12年)10月22日)は、日本の詩人、歌人、翻訳家。旧姓は柏村。夭折したが350篇以上もの詩を残し、一部は、中也自身が編纂した詩集『山羊の歌』、『在りし日の歌』に収録されている。訳詩では『ランボオ詩集』を出版するなど、フランス人作家の翻訳もしている(他に少量だがアンドレ・ジイドほか)。日本大学予科、中央大学予科などを経て東京外国語学校(現在の東京外国語大学)専修科仏語部修了。 | ||
山口県立山口高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 山口市の出身者 | ||
4月29日生まれの人  1907年生まれの人 | ||
323 | 国木田独歩 銚子市 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
国木田 独歩(くにきだ どっぽ、1871年8月30日(明治4年7月15日) - 1908年(明治41年)6月23日)は、日本の小説家、詩人、ジャーナリスト、編集者。千葉県銚子生まれ、広島県広島市、山口県育ち。 | ||
山口県立山口高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 銚子市の出身者 | ||
8月30日生まれの人  1871年生まれの人 |
下関市立下関商業高等学校の出身者
324 | 上山雅輔 長門市 | Wikipedia |
上山 雅輔(かみやま がすけ、本名:上山 正祐(うえやま まさすけ)、1905年(明治38年)2月23日 - 1989年(平成元年)4月11日)は、日本の劇作家・小説家。姉は童謡詩人の金子みすゞ。 | ||
長門市の出身者 | ||
2月23日生まれの人  1905年生まれの人 |
徳島県立城東高等学校の出身者
325 | 生田花世 上板町 | Wikipedia |
生田 花世(いくた はなよ、1888年(明治21年)10月14日 - 1970年(昭和45年)12月8日)は、作家、詩人。82年の生涯のうちの14年間、生田春月と同棲した。 | ||
上板町の出身者 | ||
10月14日生まれの人  1888年生まれの人 |
徳島県立徳島科学技術高等学校の出身者
326 | 篠原央憲 | Wikipedia |
篠原 央憲(しのはら ひさのり、1931年6月9日 - )は、日本の詩人、評論家。本名は篠原 啓介。また作家活動も行っており日本ペンクラブ会員である。 | ||
6月9日生まれの人  1931年生まれの人 |
香川県立小豆島高等学校の出身者
327 | 草壁焔太 東京大学へ進学 | Wikipedia |
草壁 焔太(くさかべ えんた、1938年3月13日 - )は五行歌人、詩人。本名、三好清明。関東州大連市生まれ。五行歌の創始者として知られている[4]。 | ||
香川県立小豆島高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
3月13日生まれの人  1938年生まれの人 |
愛媛県立今治西高等学校の出身者
328 | 木原実 | Wikipedia |
木原 実(きはら みのる、1916年3月1日 - 2010年1月18日)は、日本の歌人、詩人、政治家。 | ||
3月1日生まれの人  1916年生まれの人 |
愛媛県立松山東高等学校の出身者
329 | 永井叔 | Wikipedia |
永井 叔(ながい よし、1896年1月29日 - 1977年)は、日本の詩人。「大空詩人」と称してバイオリンまたはマンドリンを奏でながら自作の歌・童謡・讃美歌などを歌って喜捨を求める行乞の生活を送った。 | ||
1月29日生まれの人  1896年生まれの人 |
愛媛県立八幡浜高等学校の出身者
330 | 高橋新吉 | Wikipedia |
高橋 新吉(たかはし しんきち、1901年(明治34年)1月28日 - 1987年(昭和62年)6月5日)は、日本のダダイスト詩人。 | ||
1月28日生まれの人  1901年生まれの人 |
愛媛県立三瓶高等学校の出身者
331 | 宮中雲子 東京学芸大学へ進学 | Wikipedia |
宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ちどり)は日本の詩人、童話作家、作詞家。日本童謡協会副会長。同人誌『木曜手帖』編集人。 | ||
愛媛県立三瓶高等学校から東京学芸大学への進学者 全国の東京学芸大学の出身者 | ||
1935年生まれの人 |
愛媛県立宇和島東高等学校の出身者
332 | 中野逍遙 宇和島市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
中野 逍遥(なかの しょうよう、慶応3年2月11日(1867年3月16日) - 明治27年(1894年)11月16日)は日本の漢詩人。本名は重太郎。字(あざな)は威卿。別号に狂骨子など。 | ||
愛媛県立宇和島東高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 宇和島市の出身者 | ||
2月11日生まれの人  1867年生まれの人 |
高知県立高知追手前高等学校の出身者
333 | 弘瀬公美 桃山学院大学へ進学 | Wikipedia未登録 |
1966年9月20日生れ。川柳句集『瞳の宇宙』詩集『未来への贈り物』フリーライター。詩人。俳人。 | ||
高知県立高知追手前高等学校から桃山学院大学への進学者 全国の桃山学院大学の出身者 | ||
9月20日生まれの人  1966年生まれの人 | ||
334 | やなせたかし 高知市 千葉大学へ進学 | Wikipedia |
やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩、1919年〈大正8年〉2月6日 - 2013年〈平成25年〉10月13日)は、日本の漫画家、絵本作家、詩人。有限会社やなせスタジオ社長。 | ||
高知県立高知追手前高等学校から千葉大学への進学者 全国の千葉大学の出身者 高知市の出身者 | ||
2月6日生まれの人  1919年生まれの人 | ||
335 | 片山敏彦 東京大学へ進学 | Wikipedia |
片山 敏彦(かたやま としひこ、1898年(明治31年)11月5日 - 1961年(昭和36年)10月11日)は、詩人、文学研究者、ドイツ文学者、フランス文学者。ロマン・ロラン、ヘッセ、リルケ、ハイネ、ゲーテらの翻訳も多く、『著作集』全10巻がある。 | ||
高知県立高知追手前高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
11月5日生まれの人  1898年生まれの人 |
高知県立高知工業高等学校の出身者
336 | 嶋岡晨 明治大学へ進学 | Wikipedia |
嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日‐ )は、日本の仏文学者。詩人、評論家、小説家。元立正大学文学部教授。 | ||
高知県立高知工業高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
3月8日生まれの人  1932年生まれの人 |
福岡県立育徳館高等学校の出身者
337 | 水野葉舟 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
水野 葉舟(みずの ようしゅう、1883年4月9日 - 1947年2月2日)は日本の詩人、歌人、小説家、心霊現象研究者。東京生まれ、本名は盈太郎(みちたろう)。 | ||
福岡県立育徳館高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 | ||
4月9日生まれの人  1883年生まれの人 |
福岡県立小倉高等学校の出身者
338 | 平出隆 北九州市 一橋大学へ進学 | Wikipedia |
平出 隆(ひらいで たかし、1950年11月21日 - )は、日本の詩人、批評家・装幀家。多摩美術大学教授。詩・小説・短歌・批評・紀行文・エッセイなど、文学の諸形態が混じりあう領域での作品の制作を行っており、「詩の中から新しい散文を生む」(大江健三郎)実験と評される。また早い時期から装幀・造本の仕事も行っており、同分野でも受賞するなど高い評価を受けている。 | ||
福岡県立小倉高等学校から一橋大学への進学者 全国の一橋大学の出身者 北九州市の出身者 | ||
11月21日生まれの人  1950年生まれの人 | ||
339 | 宗左近 東京大学へ進学 | Wikipedia |
宗 左近(そう さこん、1919年5月1日 - 2006年6月20日)は、詩人・評論家・仏文学者であり翻訳家。本名は古賀 照一(こが てるいち)。法政大学名誉教授。法政大学社会学部と昭和女子大学教授を歴任。 | ||
福岡県立小倉高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
5月1日生まれの人  1919年生まれの人 |
福岡県立八幡中央高等学校の出身者
340 | みずかみかずよ | Wikipedia |
詩人、児童文学作家 |
福岡県立東筑高等学校の出身者
341 | 千々和久幸 明治大学へ進学 | Wikipedia |
千々和 久幸(ちぢわ ひさゆき、1937年3月14日 - )は、歌人、詩人。 | ||
福岡県立東筑高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 | ||
3月14日生まれの人  1937年生まれの人 | ||
342 | 下位春吉 京外国語大学へ進学 | Wikipedia |
下位 春吉(しもい はるきち、1883年10月20日 - 1954年12月1日)は、教育者、詩人、童話口演家。詩人ガブリエーレ・ダンヌンツィオやベニート・ムッソリーニと親交があり、イタリアのファシズム運動を日本に紹介した。 | ||
福岡県立東筑高等学校から京外国語大学への進学者 全国の京外国語大学の出身者 | ||
10月20日生まれの人  1883年生まれの人 |
福岡県立修猷館高等学校の出身者
343 | 夢野久作 福岡市 慶應義塾大学へ進学 | Wikipedia |
夢野 久作(ゆめの きゅうさく、1889年(明治22年)1月4日 - 1936年(昭和11年)3月11日)は、日本の禅僧、陸軍少尉、郵便局長、小説家、詩人、SF作家、探偵小説家、幻想文学作家。他の筆名に海若藍平、香倶土三鳥など。現在では、夢久、夢Qなどと呼ばれることもある。戒名は悟真院吟園泰道居士。禅僧としての名は雲水(うんすい)、法号を萠円と称した。 | ||
福岡県立修猷館高等学校から慶應義塾大学への進学者 全国の慶應義塾大学の出身者 | ||
1月4日生まれの人  1889年生まれの人 |
福岡県立朝倉高等学校の出身者
344 | 野田宇太郎 | Wikipedia |
野田 宇太郎(のだ うたろう、1909年(明治42年)10月28日 - 1984年(昭和59年)7月20日)は、日本の詩人、文芸評論家、文芸誌編集長。 | ||
10月28日生まれの人  1909年生まれの人 |
福岡県立明善高等学校の出身者
345 | 南郷芳明 立正大学へ進学 | Wikipedia |
南郷芳明(なんごう よしあき、1950年 - )は、日本の詩人。 | ||
福岡県立明善高等学校から立正大学への進学者 全国の立正大学の出身者 | ||
1950年生まれの人 | ||
346 | 丸山豊 久留米市 久留米大学へ進学 | Wikipedia |
丸山 豊(まるやま ゆたか、1915年3月30日 - 1989年8月8日)は日本の医師、詩人。日本の現代詩における代表的詩人の一人。福岡県八女郡広川町出身。福岡県中学明善校在学中より野田宇太郎らと同人誌に参加。第一早稲田高等学院に進学するも中退し、父と同じく医学を志して昭和12年、九州医学専門学校卒業。 | ||
福岡県立明善高等学校から久留米大学への進学者 全国の久留米大学の出身者 久留米市の出身者 | ||
3月30日生まれの人  1915年生まれの人 |
福岡県立伝習館高等学校の出身者
347 | 北原白秋 南関町 早稲田大学へ進学 | Wikipedia |
北原 白秋(きたはら はくしゅう、1885年(明治18年)1月25日 - 1942年(昭和17年)11月2日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人。本名は北原 隆吉(きたはら りゅうきち)。詩、童謡、短歌以外にも、新民謡(「松島音頭」・「ちゃっきり節」等)の分野にも傑作を残している。生涯に数多くの詩歌を残し、今なお歌い継がれる童謡を数多く発表するなど、活躍した時代は「白露時代」と呼ばれる近代の日本を代表する詩人である。 | ||
福岡県立伝習館高等学校から早稲田大学への進学者 全国の早稲田大学の出身者 南関町の出身者 | ||
1月25日生まれの人  1885年生まれの人 |
福岡県立大牟田北高等学校の出身者
348 | 内田麟太郎 大牟田市 | Wikipedia |
内田 麟太郎(本名・うちだ りんたろう、1941年9月25日 - )は、日本の詩人、童話作家。 | ||
大牟田市の出身者 | ||
9月25日生まれの人  1941年生まれの人 |
福岡雙葉高等学校の出身者
349 | まさごろ 福岡市 日本大学へ進学 | Wikipedia |
まさごろ(本名:津田 まさごろ、1962年6月7日 - )は、日本の女性シンガーソングライター、画家、詩人。 | ||
福岡雙葉高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
6月7日生まれの人  1962年生まれの人 |
佐賀県立佐賀東高等学校の出身者
350 | 326 | Wikipedia |
326(ミツル、1978年2月28日 - )は、日本のイラストレーター、詩人。本名:中村 満(なかむら みつる)。身長172cm。血液型A型。タイタン所属。 | ||
2月28日生まれの人  1978年生まれの人 |
長崎県立大村高等学校の出身者
351 | 伊東静雄 京都大学へ進学 | Wikipedia |
伊東 静雄(いとう しずお、1906年(明治39年)12月10日 - 1953年(昭和28年)3月12日)は日本の詩人。長崎県諫早市出身。 | ||
長崎県立大村高等学校から京都大学への進学者 全国の京都大学の出身者 | ||
12月10日生まれの人  1906年生まれの人 |
長崎県立対馬高等学校の出身者
352 | 宗武志 東京帝国大学へ進学 | Wikipedia |
宗 武志(そう たけゆき、1908年2月16日 - 1985年4月22日)は、日本の英語学者、詩人。爵位は伯爵。旧姓は黒田(くろだ)。麗澤大学名誉教授。 | ||
長崎県立対馬高等学校から東京帝国大学への進学者 全国の東京帝国大学の出身者 | ||
2月16日生まれの人  1908年生まれの人 |
鎮西学院高等学校の出身者
353 | 原口喜久也 | Wikipedia未登録 |
詩人 |
熊本県立熊本高等学校の出身者
354 | 谷川雁 水俣市 東京大学へ進学 | Wikipedia |
谷川 雁(たにがわ がん、本名:谷川 巌(たにがわ いわお)、1923年12月25日 - 1995年2月2日)は日本の詩人、評論家、サークル活動家、教育運動家。社会主義的なリアリズムを基調とにした詩人として知られ、評論集「原点が存在する」「工作者宣言」は1960年代の新左翼陣営に思想的な影響を与えた。 | ||
熊本県立熊本高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 水俣市の出身者 | ||
12月25日生まれの人  1923年生まれの人 |
熊本県立第一高等学校の出身者
355 | 犬童球渓 人吉市 | Wikipedia |
犬童 球渓(いんどう きゅうけい、1879年4月20日 - 1943年10月19日)は、日本の詩人、作詞家、教育者。熊本県人吉市出身。1901年、熊本師範学校卒業し、宇土郡網田小学校に勤務する 。1905年、東京音楽学校卒業。本名は「犬童信蔵(いんどう のぶぞう)」というが、球磨川の渓谷に生まれたことから「球渓」というペンネームをつけた。1943年、人吉市で自殺。 | ||
人吉市の出身者 | ||
4月20日生まれの人  1879年生まれの人 |
熊本県立八代高等学校の出身者
356 | 耕治人 八代市 明治学院大学へ進学 | Wikipedia |
耕 治人(こう はると、1906年8月1日 - 1988年1月6日)は、日本の小説家・詩人。本名の姓は、「たがやす」と読む。 熊本県八代市生まれ。明治学院英文科卒。千家元麿に師事して詩作を始め、1930年(昭和5年)『耕治人詩集』を上梓する。 | ||
熊本県立八代高等学校から明治学院大学への進学者 全国の明治学院大学の出身者 八代市の出身者 | ||
8月1日生まれの人  1906年生まれの人 |
宮崎県立宮崎大宮高等学校の出身者
357 | 宗左近 東京大学へ進学 | Wikipedia |
宗 左近(そう さこん、1919年5月1日 - 2006年6月20日)は、詩人・評論家・仏文学者であり翻訳家。本名は古賀 照一(こが てるいち)。法政大学名誉教授。法政大学社会学部と昭和女子大学教授を歴任。 | ||
宮崎県立宮崎大宮高等学校から東京大学への進学者 全国の東京大学の出身者 | ||
5月1日生まれの人  1919年生まれの人 |
宮崎県立小林高等学校の出身者
358 | 銀色夏生 えびの市 埼玉大学へ進学 | Wikipedia |
銀色 夏生(ぎんいろ なつを、1960年 - )は、日本の女性詩人、随筆家、写真家。宮崎県出身。 | ||
宮崎県立小林高等学校から埼玉大学への進学者 全国の埼玉大学の出身者 えびの市の出身者 | ||
1960年生まれの人 |
宮崎日本大学高等学校の出身者
359 | 中園直樹 日本大学へ進学 | Wikipedia |
中園 直樹(なかぞの なおき、1974年2月19日 -)は、日本の小説家、詩人。筆名の由来は、小学生6年生の時の担任中園先生の名字から。中園が「公園の中」と読めることから、「公園の中に真っ直ぐな樹が一本立っている」という情景が美しいだろうと、「中園直樹」という筆名とする。自身が小学校3年から大学2年までいじめられ続け、何度も自殺を考えたことから、いじめや自殺、その周辺をテーマとしている。 | ||
宮崎日本大学高等学校から日本大学への進学者 全国の日本大学の出身者 | ||
2月19日生まれの人  1974年生まれの人 |
鹿児島県立鶴丸高等学校の出身者
360 | 平川綾真智 鹿児島市 熊本大学へ進学 | Wikipedia |
平川綾真智(ひらかわ あやまち、1979年7月9日-)は日本の詩人。鹿児島県鹿児島市出身。熊本大学文学部地域科学科社会学卒業。 | ||
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7月9日生まれの人  1979年生まれの人 | ||
361 | 黒田三郎 東京大学へ進学 | Wikipedia |
黒田 三郎(くろだ さぶろう、1919年(大正8年)2月26日 - 1980年(昭和55年)1月8日)は、日本の詩人。 | ||
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2月26日生まれの人  1919年生まれの人 |
鹿児島県立武岡台高等学校の出身者
362 | 三角みづ紀 鹿児島市 東京造形大学へ進学 | Wikipedia |
三角 みづ紀(みすみ みづき、1981年4月18日 - )は日本の詩人。「歴程」同人。鹿児島県鹿児島市出身。東京造形大学造形学部視覚伝達学科卒業。 | ||
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4月18日生まれの人  1981年生まれの人 |
鹿児島県立鹿児島南高等学校の出身者
363 | 長渕剛 鹿児島市 九州産業大学へ進学 | Wikipedia |
長渕 剛(ながぶち つよし、1956年9月7日 - )は、日本のシンガーソングライター・俳優・詩人・画家。本名は同じ。デビュー時の芸名は名の読みが(ごう)。Office REN(オフィス・レン)所属。妻は志穂美悦子。長女は文音。長男はWA航RU。次男は長渕蓮。 | ||
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9月7日生まれの人  1956年生まれの人 |
鹿児島県立串良商業高等学校の出身者
364 | 吉見マサノヴ 鹿屋市 東京福祉大学へ進学 | Wikipedia |
吉見 マサノヴ(よしみ まさのぶ、1976年 - )は、日本の作家・詩人。鹿児島県鹿屋市生まれ。 東京福祉大学福祉心理学部卒業。本業は看護師・心理士。 | ||
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1976年生まれの人 |
沖縄県立首里高等学校の出身者
365 | 山之口貘 那覇市 | Wikipedia |
山之口 貘(やまのくち ばく、1903年(明治36年)9月11日 - 1963年(昭和38年)7月19日)は、沖縄県那覇区(那覇市)東町大門前出身の詩人である。本名は、山口 重三郎(やまぐち じゅうさぶろう)。薩摩国(移住当時、後大隅国)口之島から、琉球王国へ移住した帰化人の子孫。197編の詩を書き4冊の詩集を出した。 | ||
那覇市の出身者 | ||
9月11日生まれの人  1903年生まれの人 |
沖縄県立那覇高等学校の出身者
366 | 山田実 那覇市 明治大学へ進学 | Wikipedia |
山田 實(やまだ みのる、1918年 - )は、日本の写真家。1977年、沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞。2000年、沖縄県文化功労者として表彰。兄は、詩人の山田有勝。 | ||
沖縄県立那覇高等学校から明治大学への進学者 全国の明治大学の出身者 那覇市の出身者 | ||
1918年生まれの人 |
沖縄県立知念高等学校の出身者
367 | 高良勉 玉城村 静岡大学へ進学 | Wikipedia |
高良 勉(たから べん、1949年 - )は、沖縄県出身の日本の詩人、沖縄県史料編集室主任専門員。本名は、高嶺朝誠(たかみね ちょうせい)であり、沖縄県史料編集室紀要に掲載される学術論文は、本名で発表されている。 | ||
沖縄県立知念高等学校から静岡大学への進学者 全国の静岡大学の出身者 玉城村の出身者 | ||
1949年生まれの人 |